9 最終章 間宮さんと俺
第56話 サテライトオフィスにて
サテライトオフィスに出張してきた総務のお姉さんたちは大興奮だ。大都市が一望できるタワーオフィスの36階。窓ガラスが多く景色がいい。
まだ備品が揃っていないせいか少しがらんとしている。オフィスの内装は原川姉さんの自信作で死ぬほどおしゃれ。
インターンの子たちもキャピキャピ言っている。
「藤城さん、総務の方にオフィスの方は任せて配線とネット関係をお願いできますか?」
木内さんは「私は郵送関係とビル管理会社とのやりとりを総務さんたちと引き継ぎます」と言い残すと忙しそうに走って行った。俺は社内エンジニアでもあるわけだしそこらへんは俺の領域か。
「藤城ぶちょー! お掃除班と整理整頓班決まりました!」
インターン長の子が俺に報告する。
「じゃあ、男子はできるだけ重いものを頼むよ。30分ごとに休憩はとりましょう。怪我したら危ないんで。わからないことがあったら俺か木内さんに」
はーい。とインターンの学生たちが元気よく返事をする。学生ってのはとんでもないパワーを持っていて俺まで元気になりそうだ。
よし、昼は俺のおごり(経費)でピザでも取るか……。頑張れ、中間管理職デビュー。
***
俺のパソコンはうるさいくらいに通知が来る。多分、3分置きに画面の右下が赤く光ってチャットが来たことをお知らせしてくれる。
あの人はちゃんと働いているんだろうか……。
【悠介くんっ! おかわりないですかっ】
いや、さっき返信したでしょ。
【悠介くんっ、次はいつランチいけますか?】
いや、今日はインターンの子たちを飯に連れてかなきゃいけないし……いや、ってか週末に行こうって昨日約束したばっかりじゃ?
「藤城ぶちょー、聞きたいんですけどいいですかぁ?」
インターンの子が手をあげる。
「はい、大丈夫っすよ」
やばいぞ。思った以上に手が回らない。木内さんは最近すごく綺麗になって(もともと美人ではあったが)なんというか対外的な仕事に挑戦したいとのことだった。
おとなしくてコツコツした仕事が好きだと言っていたが、何かあったのかもしれない。
「クライアントさんに、こういう文章で返したいんですけど……どうですかね?」
「あー、確かに丁寧だし敬語も間違ってないからいいと思う。強いていうなら結論を先に。あと頂きますってのを何回も使うとくどいのでいたしますとかを挟みましょ」
インターンの子は「おぉ……」とメモをしながら相槌をすると「ありがとうございます!」と俺に頭を下げる。声優を目指す専門に通ってる子だからか声がでかい。
——なんか、違うんだよな
新しい仕事もそれなりに楽しくて順調で、忙しいがいい人に恵まれているからやりがいがあって。
俺は隣の席を眺める。というか俺は島の中のお誕生日席なので隣の席ってのは厳密にはない。
思い出すのは本社で俺の隣に座っていた間宮さんだ。だいたい真剣にパソコンを見ているかうまいことサボっているかの2択で、サボっている時は高確率で甘いチョコを食っている。
勉強熱心だがキャパを超えるとパニックになってミスを連発するしすぐに泣く。でも、全力の笑顔で俺に話しかけてくれる。まっすぐで純粋な目は俺にはない美しいものを見ているようで……。
「ぶちょー?」
「はっ!」
インターンの子が俺の顔を覗き込んでいた。やばい、完全に寝てた。
「ご、ごめん、どうしたっすか?」
「お電話です。本社の……マミヤさんからですね」
「あー、噂をすれば」
「噂してました?」
「いえ、こっちの話っす」
***
金曜日、俺と間宮さんは俺の家で待ち合わせをしていた。というのも、俺がどうしても仕事を抜けられず、間宮さんが先に買い物をして帰ってくれるとのことだった。もちろん、彼女は鍵を持っていないので俺はいま走っているわけだ。
計算が合えば、多分……
「お待たせしました!」
「さっき着いたところです!」
間宮さんはオートロックのパネルの前でニコリと微笑んだ。
「悠介さん、やっと週末ですよぉ〜! 寂しかった」
「あはは〜、さ。入ってさっさと作っちゃいましょ」
俺は苦笑いで間宮さんの言葉をかわしながらも心地よさを感じる。別にお高く止まってるわけでも調子に乗っているわけでもない。
俺自身、多分彼女といる時間が好きなのかもしれない。いや、好きだ。
「すき焼き……ですかね?」
「おっ、正解です!」
間宮さんは少しだけ不思議そうに俺を見て「お嫁さんですか」と口を尖らせる。口を尖らせたいのは俺だ。
「なーんか、買っていて不思議だなぁと思ったものありません?」
間宮さんは俺が代わりに持っている買い物袋をごそっと漁ると
「大根! ゆず! しょうが!」
と結構大きめの声で言った。おしい。
「万能ネギもっすね」
「ネギ刻みじゃんけんしましょ! 三回勝負ですよぉ!」
間宮さんはにっこりと微笑んで俺のポッケから鍵を奪う。いたずらに笑って俺の先を走ると彼女は先に部屋に入っていった。
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