第55話 大きすぎる壁と遅すぎた行動


 諦めかけた時、私に新設部署への異動オファーが来た。ベンチャー企業だとよくあるけど、方針がころころ変わる。異動も多い。

 

「藤城くんが?」


 そう。藤城悠介が新しい部長になり、私がその下に入るというのだ。私は正直、間宮ユリカの出現で彼との恋愛を諦めかけていたが……これなら私にもチャンスがあるかもしれない。

 新しい部署のカメグラマーケ部は部長の藤城くんと私、そしてインターンで構成され、新しいサテライトオフィスでの就業となる。


 ——間宮ユリカはいない……!


 私は異動の承諾をすると、すぐに行動に出る。藤城くんを補佐するために完璧にならなくちゃ。カメグラの本部はアメリカ。あっちのトレンドもピックアップしよう。そうだ、中国語も必要になるかもしれないから勉強しよう。

 

「先輩、カメグラの本って借りてもいいですか?」


 例のいじめ事件で営業事務になった先輩に勇気を持って声をかける。先輩は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが……「いいよ」と笑顔で言ってくれた。藤城くんはエンジニアだからきっと資料や表計算には詳しいよね。私ももっと勉強しよう。


 ——間宮ユリカが可愛くおねだりして媚びるなら、私は彼を支えて頼り甲斐がある部下になろう。そうしたら……振り向いてもらえるかもしれない


 私は思った。美人だからと人に助けてもらってばっかりの、教えてもらってばっかりの女よりも私はきっと強い。

 私のような女には誰も何も教えてくれない、助けてくれないからずっと努力してきたんだ。負けるわけにはいかないんだ。


「木内さんには今まで通りのコツコツ系の作業以外にも頼むことが増えるかもです。そうだなぁ、好きなこと……とかってあります?」


 最初のミーティングで藤城くんは言った。私に無理やり仕事を押し付けていた連中とは違う。三島部長のやり方を真似てみると言ってたけど、すごく嬉しかった。


「好きなのは、ゲーム……とか? ですかね」


「好きな芸能人とかいます?」


 そっか。カメグラだもんね。ゲームはお話にならないか……私のばかっ。


「えっと、声優さんとかですかね……」


 藤城さんは私の顔をぼーっと眺めて、しばらくすると「そうか」と何かを思いついたように手を叩いた。じわじわと藤城くんは笑顔になって


「声優さん、いいっすね! 数字持ってるしファン層がお金だすし。俺もちょっと詳しいし」


 藤城くんは本当に素敵な人だ。

 私の強みを活かして、それ以上に私が楽しく仕事ができるようにしてくれる人だ。私はこの人と仕事がしたい。この人が好きだ。


 だから、間宮ユリカに取られる前に動かなくちゃ。

 攻略はゴリ押しが私のモットーだ。今まで失った時間分取り戻さなきゃ!


***


「そういえば、藤城さんって間宮さんとお付き合いされてるんですか?」


 タクシーの中で自然に聞いてみる。内心、ドキドキで死んでしまいたいくらい恥ずかしかった。藤城さんの方見られないよー。


「えっと、まぁ、まだ恋人ではないですけど……どうしてですか?」


 ——まだ……か


 私の胃の中がひやりと嫌な感触で満たされる。テストや就職試験に落ちた時の感覚だ。


「じゃあ、恋人になる前提ってことですよね? 私、藤城さんのこと入社当時から好きだなって思ってたんです。気が合いそうだなって思ってたし。でも、私も藤城さんも内気でしょ? だから、全然接点なくて」


 ダメなのに……。なんて伝えたらいいかわからなくて失礼なことを言ってしまった。嫌われちゃったかな。

 仕事の話に戻してごまかそう。


「まだ私にもチャンスがあるって思ってます。間宮さんにはない良さがあるってわかってるからです。さっ、次の事務所は……」


 藤城くんはワナワナしている。やっぱり、私なんかにアピられていやだったよね。

 いや、ダメだ。ここで引いたらいつもの私。ちゃんと聞こう。


「やっぱり、間宮さんの方が可愛いからそっちがいいですか?」


 なんでこんな聞き方しちゃったんだろう? 


「俺は、間宮さんの中身の方がいい子だなって思うっすね」


「私も負けていられませんねっ!」


 そっか。間宮ユリカは心でも藤城くんの中に入り込んだんだ。私に勝ち目なんかなかった。どんなに努力しても、どんなに勉強しても、彼を思っていても。やっぱり、間宮ユリカには敵わない。

 私は強がって笑顔を作る。藤城くんは困ったように笑うだけだ。


 ——私が遅すぎたんだ


 翌日、私の隣で仕事をする藤城くんの横に間宮ユリカがやって来た。私をちらっと見ると少しだけ鋭い視線を送ってくる。多分、私のことを警戒しているんだろう。きっと、私みたいな女に負けたら彼女のプライドがへし折れるから、だからゴミみたいな私でもこうやって牽制してくる。


「ランチはいかがですかっ?」


 大きな声で、周りに聞こえるように間宮ユリカは言った。嫌な女。私は純粋ですよってフリしてこの場にいる女性全員に牽制してる。

 誰もあなたみたいな美人が狙ってる男性に声をかけたりしないよ。みんなあな

たを選ぶに決まってるんだから。


 私はパソコンの画面に集中する。込み上げてくる涙を堪えるように唇を噛んで、頭の中で目の前の仕事に集中して聞こえないフリをする。

 いやだ……藤城くん、こっちみないで。私は誘って欲しくなんかない。藤城くんが私の方に顔を向けたのが横目で見えた。

 スン——と間宮ユリカが放っていたホワホワな空気が少しだけ変わる。


「その……ご相談があって。だから、2人でもいいですか?」


 間宮ユリカがとどめを刺して来た。いいや、死体蹴りだ。

 私は泣きそうになるのをこらえながら


「あ、そうなんですね。ごゆっくり……。では、インターンの子たちへの指示出ししておきますね」


 と返事をすることしかできなかった。無理やり笑顔になったから変な空気になってしまう。好きな人に迷惑をかけたくない……。仕事だけは楽しくやりたいのに。


「いきましょ、ゆ……藤城さんっ」


 あざといな……。きっと藤城くんはドキッとしたんだろうな。そっか、2人はもう名前で呼び合う仲なんだ。


 ——私、1人で頑張ってバカみたい


 メール返さなきゃ。

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