木内さん視点 ゴリ押しはゲームの基本!
第54話 中途半端な私と美人広報
私、木内ミコはずっと普通の人生を目指してきた。学生の頃は夢があったけれど、今はそんなものない。そこそこの会社で事務でもして生きていければいいなと思っていた。
後は、私レベルの女でも妥協してくれる男性を見つけて結婚して……子供に恵まれれば人生よかったと思えるかもしれない。
「木内さん、これお願いね」
「はい」
私はこうやって生産性のない仕事をしている。頼まれたことをやるだけ。毎月決まった日に請求書や支払い書を出して、メールを打って郵送をして。電話やメールの受付、新規顧客の登録。日々のルーティーン作業。
キラキラと輝くこの会社の、しかも営業部マーケ課の中で私だけがくすんでいる。やりがいのない仕事、でも私にはそれがお似合いだ。
そんな私には入社してからずっと好きな人がいる。その人は、別の部だからほとんどかかわらない。でも私と同じ雰囲気を感じる人。
——開発部の藤城くん
彼は同期入社で研修の時に数回話したことがある。確か、ゲームが好きで趣味は料理とカメラもしてるんだっけ。
彼は社内エンジニアで、パソコンが壊れたーとかシステムがおかしくなったーとかそういう時にヘルプしてくれたりする。
「私のPCはなかなか壊れないな」
多少のことは私も直せちゃうからほとんど相談することはないんだけど……。大人しくて、パリピじゃなくて。多分、ちょっと優秀で。やっぱり、彼女とかいるのかな?
「木内さん! 木内さんって英語できますよね? これ見てもらえますか?」
「えっと、はい。でも最終チェックはしてくださいね」
営業は嫌な顔をする。
私は幼い頃から翻訳者になるのが夢だった。本やゲームの原稿を英語に翻訳するような仕事。逆パターンでもいいけど。
でも、就活の時「たかだか数年の留学レベルじゃ無理」と人事担当に言われたことで心が折れてしまった。だから私の夢なんてそんなもんなんだ。
私は顔も可愛いってわけではないし、必死に努力したけれど人並みになるのが精一杯で……
可愛い人が多いこの会社でだって、小綺麗にするのが精一杯だから。それでもかなり頑張った方だ。毎日、髪も肌もケアしてメイクも勉強して……必死に「普通の人」になるために頑張ってきた。
「その歳でゲームなんてねぇ」
マーケ課のキラキラ女子の先輩たちが言っていたことだ。特に、同期の青木さんはゲームとか漫画とかそういうのに興味ないって感じで、私にも当たりが強くて嫌いだった。そんな青木さんはどっかの社長をやってる彼氏がいて、人生謳歌している。
一方で私は毎日やりがいのない仕事を定時に終えて冷たくて小さなワンルームでカップ麺を食べてる。
毎日、毎日、自然と涙が出てくる。
でも、私みたいなアシスタントに声をかけてくれる人なんて社会にはいない。学生時代の友達もほとんど結婚してるか彼氏持ちで……。私に拠り所なんてなかった。
「あぁ、藤城くんに話しかける機会があればなぁ」
その時は突然訪れた。
マーケ課の先輩たちが大量降格になった件で、藤城くんが絡んでいる。青木さんが開けっ放しにしていたPCの画面に写っていた文章を見てしまったのだ。
私はチャンスだと思った。だって、青木さんが嘘をついていたのはわかっていたから。いじめられていたのは青木さんなのに私ってことになってた。
私は青木さんの踏み台に使われていたのだ。
私は藤城くんを連れ出して真実を話した。藤城くんは私なんかの話を聞いてくれて……
「木内さん、聞いてもいいかな。働いていてさ、嫌だなって思うことあったっす?」
今、考えてみれば多分彼は状況を把握するために聞いた言葉だったと思う。でも、当時の私はその言葉が嬉しくて、彼のことが好きでたまらなくなった。
はたから見たらアシスタントなんて楽で簡単な仕事だ。誰でもできる仕事。だからこんな風に聞かれたのは……初めてだった。
——この人だと思った。
***
そんな藤城くんの隣にはいつも顔だけの女がいる。彼女は間宮ユリカ。女子社員の間では「仕事はほとんどできないけど顔が圧倒的にいいから置いている」という認識だった。
いつもニコニコしていて、男性社員の注目を集めて。彼女が頼まなくても周りが彼女のために動いている。
美人は生まれただけでブスよりも多くの得をする。なんてのは本当の話なんだな。と思った。私は彼女よりもいい大学を出ているし多分、仕事だってできる。
でも、私が血反吐を吐くような努力で普通の容姿を手に入れようとしている間、彼女はただニコニコ微笑んでいるだけでポジションが舞い込んで仕事をしているのだ。
「勝ち目なんてないじゃん」
間宮ユリカは藤城くんにべったりで離れようとしない。営業部でも「なんで間宮ユリカが藤城に?」と大きな話題になったほどだ。
藤城くんは私からみれば最高の男性だけど、周りから見れば「陰キャ」らしい。なのに芸能人レベルのスペックが高い女性が惚れているのか、誰にもわからない。
社内では藤城くんの実家が金持ち説と間宮ユリカの遊び説の2つが有力だ。
そりゃそうだ。間宮ユリカみたいな女は会社経営とか芸能人とかスポーツ選手とかと合コンしまくってるし、藤城さんみたいな普通の男性に惹かれるわけがないんだから。
藤城さんは間宮ユリカに誘われていつもニヤニヤしている。
「どうして、私が欲しいものは全部全部私の指の間をすり抜けていってしまうんだろう?」
間宮ユリカに私が勝てるわけがない。間宮ユリカは圧倒的に美人で、可愛くて、あざとくて、社会的な地位もある。
メイクしてやっと普通になれるような顔で、ゲームばっかしてて、潔癖症で、陰気な私が敵うはずないじゃないか。
「なんでいつもこうなんだろう」
——新卒研修の時にもっと話しかければよかった
——間宮ユリカが近づく前に仲良くなればよかった
ゲームとか、共通の趣味はたくさんあるはずなのに、私はずっと声をかける勇気すら出せなかった。
私は中途半端で夢見るだけの私が嫌いだ。好きな人に自分の気持ちを伝えられない私が大っ嫌いだ。
私は間宮ユリカに手を引かれながらオフィスを出て行く藤城くんを横目で見送って小さくため息をついた。
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