第53話 間宮さん、裏目にでる


「藤城さん! ご相談がてらランチはいかがでしょうか!」


 間宮さんが共有スペースで仕事をしていた俺に声をかけた。今日の間宮さんはなんだかちょっと綺麗だ。どこか行きたいランチのお店でもあるんだろうか。


「いいっすけど、何食います?」


「この前、美味しいホットサンドの専門店を見つけたんですが、いかがでしょう?」


 間宮さんはスマホを俺に向ける。画面を覗き込むとめちゃめちゃ美味そうなホットサンドの写真が表示されていた。これは超絶俺好みである。


「その……ご相談があって。だから、2人でもいいですか?」


 共有スペース、俺の隣に座っていた木内さんを見ながら間宮さんは言った。まぁ、木内さんはそもそも潔癖症なので外食はできない。多分、手づかみで食べるホットサンドなんてもってのほかだろう。

 とはいえ、俺は恐る恐る木内さんの方を見る。


「あ、そうなんですね。ごゆっくり」


 ぴしゃりと打ち付けるように返事をした木内さんは俺に


「では、インターンの子たちへの指示出ししておきますね」


 と微笑んだ。

 おぉ……女の子ってこんなに怖かったっけ? 


「いきましょ、ゆ……藤城さんっ」


 今の絶対わざとだ……。間宮さんめ。

 俺はポケットにスマホを突っ込んでパソコンを戻しにオフィスへと向かう。最近はあまりランチに行けてなかったから……、そうだなちょっと緊張する。


***


 間宮さんが案内してくれた店は会社から駅の方に向かって結構な繁華街にあった。1階部分が有名ファストフード店だからかあまり繁盛はしていないようだった。とは言え、店内の内装はカフェ風で居心地も良さそうだ。テラス席もあるし結構俺好みである。

 とはいえ、オープンな感じで仕事の相談はまずいんじゃ……?


「私はBLTサンド、ナチュラルチーズ多めのハラペーニョスライス追加でお願いします。えっと……ベイクドポテトドリンクセットでー、アイスコーヒーで!」


 さすが間宮さん。辛味成分は欠かさないスタイルだ。ハラペーニョってフルーティーなのにバカ辛いやつですよね……?

 チェーン店ではないのにかなり凝ったメニュー表でとても見やすいな。ちょっとカロリー気になるけど……


「ターキーサンドにします。トッピングおすすめとかってありますか?」


 俺の質問に店員のお兄さんは少し考えた後、


「そうですね、ホットサンドなんでチーズは必須かと。あとはターキーが淡白なんで後乗せでアボカドスライスがおすすめです。ターキーサンドはソースがトマトソースなんですごく美味しいですよ」


 完璧に味が想像できる最高のオススメである。後乗せってのはホットサンドメーカーで焼いた後に乗せるという意味らしい。つまりアボカドには熱を通さず食べられるわけだ。

 

「じゃあ、それで。ベイクドポテトセットでドリンクはウーロン茶でお願いします」


 俺たちはいつも通り別会計した後、バルコニーになっているテラス席に出ると料理の到着を待った。

 間宮さんは料理を楽しそうに待ちながらも少し浮かない表情だった。


「最近、カメグラのいいねが少なくなってきてて……気になってます」


「うーん、原因を自己分析してみましたか?」


 ちょっと意地悪ではあるが彼女の成長のために俺は答えを考える前に彼女に聞いてみる。間宮さんはスマホでカメグラを眺めながら「わかりません」と首をひねった。

 俺は自分のスマホから間宮さんのカメグラを眺めながらいいね数の少ない投稿を見てみる。確かに、一時期に比べると写真の質は変わらないのに。


「お待たせしました〜」


 といいタイミングで店員さんが焼きたてのホットサンドを持ってきてくれた。溶けて焦げたチーズのいい香りとベイクドポテトの芳ばしい豊かな香りで仕事モードがオフになる。

 結構ぶあつい食パンを使用したホットサンドは半分にカットされていてとろりとチーズが溶け出している。さらに後乗せで挟まっているアボカドがとろりとチーズの熱で溶けていて……死ぬほど美味そうだ。


「いただきます!」


 間宮さんはBLTサンドを頬張った。熱々だからか時折「はふはふ」と息を吸い込みながら食べる姿はまるでテレビCMのようだ。

 ホットサンドはチーズが入っていてこってり、だからベイクドポテトがセットメニューなのか。くど過ぎず、カロリーもフライドポテトより気にならない。塩とジャガイモって最高。


「間宮さん、俺が思うにですが……、いいね数が少なくなっている原因はカメグラの写真の順番、投稿文の丁寧さが以前に比べると弱くなっているからかなと思います」


 間宮さんはベイクドポテトを食べながら、何かを考えているようだった。


「カメグラは一番目の写真が一番見られるのでそこに食品の写真とか一番見せたい写真を載せた方が効果的です。間宮さんの最近の投稿は店の看板や入口が1枚目になっていて、これではカメグラユーザーがスクロールした時に目に止まりにくいんです」


 正直、この話はカメグラを始める前に一度間宮さんにレクチャーした話である。単純に忘れていたのか……仕事としてはあまりよろしくない部分である。


「投稿文についても同じです。ユーザーが知りたい情報を最初に書く方が良いです。もちろん、場合によってはとして次の投稿やHPに誘導する手法もありますが、単純にいいねが欲しい場合は基本的に結論や伝えたい部分を最初に目に触れされる方がいいですね」


 間宮さんは口から溢れたトマトをちゅるりと飲み込んで、アイスコーヒーのストローをくわえた。

 ターキーホットサンドがうま過ぎて、多分俺の顔は緩んでいる。ここ、また来よう。


「そっか……カメグラは第一印象が重要……ですもんね!」


 ネチネチ突っ込んでもしょうがないし俺は頷くだけにした。間宮さんはこの前のメール誤送付ミスから始まって最近ミスが増えていると三島部長から聞いた。このカメグラ投稿に関してもしっかりと基礎を守れていなかったり、投稿時間が遅れたりしているところを見ると……やはり彼女の負担を減らすべきかもしれない。


「最近、仕事忙しいっすか?」


「はい、採用広報の方が結構忙しくて……。最近は会社広報の情報公開とかも文を考えてやり取りをしているので……」


 そうだよな。

 間宮さんは広報として成長した。だから、会社の1人広報として様々な仕事が舞い込んできているのだ。だから……俺個人のレシピ本の手伝いをさせるのはやめた方が良さそうだ。このまま間宮さんのミスが増えて彼女の評価が下がってしまうのだけは絶対に避けたい。


「じゃあ、残りのレシピ本の原稿は俺がやっちゃいますね。仕事に集中してもっとフォロワー増やしましょう」


 間宮さんは少し驚いたように目を見開いたが、


「そ、そうですよね。仕事の成果を出さないとダメですね」


 と眉を八の字にして笑った。




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