第52話 すれ違いとトラウマ


「って……オートロックだし、いるわけねぇよな」


 俺はタクシーから降りてから冷静になった。間宮さんの姿はどこにもなく、管理人に聞いてみれば1時間くらい前に女の子が来たがすぐに帰ったそうだ。

 部屋に入ると急いで充電をし、間宮さんに通話をかける。


「すんません、今会食が終わりました」


「あっ、そうだったんですね! すみません、立て続けに送ってしまい……」


 間宮さんが意外と元気そうで俺は安心した。家の前で泣いてたらどうしようと思ったが……流石に社会人だしそんなメンヘラではないか。


「いいんす、最後に挨拶しにいった事務所の担当者と会食に。めっちゃいい店だったんで今度2人で行きましょう。そういえば、何か俺に話があったんじゃ? 聞きますよ」


 俺はスマホをスピーカーにすると、冷凍庫を開けて非常食のカレーを取り出した。間宮さんが心配でコンビニ寄れなかったし。

 

「あっ、それなんですけど……明日で大丈夫です。えっと、その少し心配になっただけで……。木内さんの2人だったし……」


 あぁ、そういうことか。

 ってか、間宮さんはなんで俺がそんなにモテると思っているんだろう。普通に考えると俺なんかモテないんだから心配する必要ないのに……な?

 まさか、俺の知らないところで木内さんと間宮さんが繋がっていてバチバチしてるとかないよな??

 バチバチしてるだけならいいけど、2人でどっちが俺を落とせるかとかやって遊んでるとかじゃないよ……な?

 ありえるぞ。ハナっから俺みたいな男を同時に2人が好きになるなんてありえないだろ? 普通。

 うちの会社はイケメンばっかでみんな給料高くて、キラキラした奴らばっかだ。それに間宮さんも木内さんも可愛くてモテるタイプ。


「大丈夫っすよ」


 と間宮さんに返事をしてから、俺は心の中のトラウマと必死に戦っていた。学生の頃巻き込まれた「告白ゲーム」のことを。

 可愛い女子が数ヶ月俺にアピールしてきて、告白したらフラれて。それをうしろずっと笑われていたことを知った時は絶望した。

 木内さんと間宮さん……まさか、な。


「ほんとうですかっ?」


「ほんとっすよ」


「むぅ……、ならいいです」


「ミスの件、大丈夫でした?」


「あ、はい。反省文を書いて提出ですが、大事には至りませんでした。ほんと、反省です……」


 よかった。まぁ聞く限りじゃそこまで大した情報じゃなかったし、とはいえ間宮さんはかなり嫌な思いをしただろう。今度一緒に甘いものでも食べに行くか。

 フォロー、フォローしないと。

 

「珍しいっすね。ユリカさん、結構慎重な人なのに」


 俺はカレーのパックを湯煎しながら炊飯器のスイッチを入れる。冷蔵庫にチーズがあったはず。ジャガイモもふかして追加するか。

 

「集中できなくて……やっぱり、隣に悠介さんがいないと安心できなくて」


 あぁ〜、なにそれ可愛すぎません?

 生まれてこの方女性に頼られたことない全男子は落ちますよ?!


「俺、来週から別のオフィスですからねぇ、頑張りましょう」


 間宮さんは「はい」と元気よく返事をしてくれた。そうか、懐かしいなぁ……間宮さんが無理やり俺の隣に座ってきて、最初は緊張したっけなぁ。

 それが今はこうやって通話してんだから。


「じゃあ、明日また職場で」


「はい、すみません。心配させちゃって、おやすみなさい」


 プツッと通話が切れる。カレーがいい香りを漂わせて、ジャガイモも蒸しあがっただろうか。好きな子と電話できているはずなのに、濁った水が滴ったかのような嫌な気持ちになっていた。


 ——どうして間宮さんを信じてあげられないんだよ


 ——でも、木内さんがあんなに俺にアピールして来たのは違和感がありすぎるだろ


 しかも、それを間宮さんは知っていた。なぜ? 可能性は2つだ。


 ——木内さんと間宮さんが裏で俺を巡ってバトルをしている

 ——木内さんと間宮さんが裏で繋がって俺で遊んでいる


 俺の容姿、俺の性格からして後者が圧倒的に可能性が高いだろう。まぁ、中間管理職になるっていうボーナスがついているものの、うちの会社じゃ営業の方がインセンティブ含めて金をもらってるだろうし……。


 ——どうして信じてあげられないんだろう


 カレーにチーズを入れて火を弱火にする。蓋をしてチーズが溶けるのを待つ。その間俺はタバコに火をつけて深呼吸した。一旦落ち着こう。

 今まで俺が間宮さんと過ごして来た時間は結構短い。間宮さんはギャルゲーで言えば出会った時から好感度マックス状態。

 まぁいわば地雷案件だな。カレーの具合を見ながらタバコをふかす。


「俺が間宮さんに告白すればすべてが解決か」


 俺は頭の中を駆け巡るネガティブな考えを消すようにタバコを吸い込んで吐き出す。カレーも具合がいいだろうか。

 

「俺が兄貴のようにバカだったら、きっと上手い具合に進んでいけるんだろうな」


 蓋をあけるとトロトロのチーズ、コトコトと音を立てているカレーは死ぬほど美味しそうだ。炊飯器の方も……だな。

 俺が吸ったタバコはもう5本目。体に悪いに決まってる。


「あぁ……怖いなぁ」


 オフィス移転までもう少し。俺は間宮さんに告白すべきだろうか。また少し気持ちが後退してしまった。

 


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