第51話 突然のモテ期と間宮さんの調子が悪い件
「えっと、木内さん?」
「まだ私にもチャンスがあるって思ってます。間宮さんにはない良さがあるってわかってるからです。さっ、次の事務所は……」
木内さんは間宮さんに宣戦布告すると次の事務所の情報を俺のスマホに送ってくれた。事務所の担当さんの年齢、趣味、経歴。どんなSNSをやってるか。
まぁこれは俺がまとめて欲しいとお願いしたものだが、木内さんは本当に要領が良くて気が使える。
——いやいや、さっきの告白だよな?!
「あ、あざっす」
「やっぱり、間宮さんの方が可愛いからそっちがいいですか?」
木内さんの言葉に俺は胸がもやりとする。スマホをスリープさせて、ポケットにしまう。木内さんは「藤城さん?」と不思議そうに俺の名前を呼んだ。
多分、彼女に悪気はない。なんなら、多分間宮さんを尊敬して出た言葉だろう。でも、それが間宮さんを傷つけていると俺は知ってるから心がもやっとしたのだ。
「俺は、間宮さんの中身の方がいい子だなって思うっすね」
と言ってみて、恥ずかしさで全身が爆発しそうになった。木内さんはちょっとだけ沈黙してから
「私も負けていられませんねっ!」
とガッツポーズを作った。
ガッツポーズを作った? 木内さんってば……ゲームでいうとゴリ押し大好きタイプの女子……?
木内さんはすごく前向きな様子で俺の顔をみて微笑んだ。俺の言い方が悪かったのかなと錯覚するくらいに彼女は嬉しそうだ。
「こちらでよろしいでしょうか?」
タクシーの運転手さんの掛け声で俺は現実世界に引き戻される。会社のカードで交通費を支払って、俺と木内さんはモデル事務所へと向かった。
***
最後の事務所にたどり着いたのはもう定時過ぎ。担当さんと一緒に俺と木内さんは会食に出ていた。個室の居酒屋で美味しい料理を食べながら、所属タレントのカメグラを紹介してもらったり、俺たちがどんな案件をできるのかなんて具体的な相談をしたり。
タレント事務所の担当さんっていうと結構ヤバめの人とかウェーイ系の人を想像していたが、実際は大人である。しっかりした社会人がほとんどだし、今一緒に会食している人も40代で子持ちだと。
「いやー、カメグラは来てますからね〜。さすがだなぁ」
俺はこんなことを毎日やっている営業の奴らが心底すごいと思った。社内エンジニアをしている俺には結構な苦痛だ。相手の論調に合わせて気が合うフリをしたり、楽しくもないのに楽しい雰囲気を醸し出したり。
営業の奴らが社内向けに結構強い当たりをしてくるのが理不尽だと思っていた。でも、こんなこと毎日やってたらそりゃ社内ではイラつくわな。
「今後ともよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
事務所の担当さんのためにタクシーを捕まえて、俺と木内さんはやっとため息をつけた。
「お疲れ様っす」
「会食って疲れますね……どうします? 会社戻ります?」
木内さんはスマホをチェックしながら「イベント走りたいのに〜」と愚痴をこぼす。
「もう定時とっくに過ぎてますし、直帰にしますか」
「藤城さんってお家どっちでしたっけ?」
木内さんは大通りのそばに立ってタクシーを捕まえようと車道を覗き込む。信号は赤、どうやらまだタクシーはいない。
「俺は反対車線っすね」
「じゃあ、私とは逆か」
木内さんは残念そうに「ちぇーっ」と舌打ちをすると、可愛らしくお辞儀をした。一応、夜遅いしタクシー捕まえるまではいないとまずいよな。俺一応、上司だし。
「タクシー、来るまで待ちましょうか」
木内さんは「優しいんですね」と言ってからすぐに車道側に立つと手を挙げた。信号が青になる。通り過ぎていく車を2人で見送りながらタクシーを待つ。木内さんはスマホのゲームを開いて「あーランクがぁ」と悲しそうに言った。
「早く営業さんを部に雇えるようにしましょ」
「ほんとそれですぅ。私、しっかり定時内で帰りたい派なんで! 藤城さんと一緒だからと言ってサービスは今回だけだし」
俺もほんとそうしたいです。挨拶回りほど辛いものはない。部長だからもっと重い感じの会食とか会議とか増えるんだろうなぁ。まぁでもそれがあの給料の対価として奪われる俺のストレス耐久値。
「あっ、タクシー!」
木内さんが手を振ると一台のタクシーが俺たちの前に止まった。木内さんは「お先に失礼します」とまた俺にお辞儀するとタクシーに乗り込んだ。木内さんを乗せたタクシーが走り出したのを見送って、俺は横断歩道の方へと向かった。やっと今日の仕事は終わり。
作るのめんどいからコンビニよって帰ろ、肉まんあるかな。
俺はふとサイレントモードにしてた自分のスマホをバッグの中から取り出した。営業のやつらって会食とか外部で会議してる時ってスマホどうしてるんだろ?
事前にスケジュール入れてるから電話なんかはないし、出れなくてもしゃーないから大丈夫だろ。
「マジかよ」
スマホの画面に映る通知。【ユリカさん 10件】
こんなに女の子から来たことないぞ!? というかこんなに送って来るのは大事件ではないかと俺は心配になってロックを外す。
【今日、悠介くんとお話ししたいです】
【事務所さんへの挨拶終わったら連絡して欲しいです】
【ご挨拶まだ続いていますか?】
間宮さんは俺のスケジュールを把握している。だから、ノリで最後の会社の担当さんと行った会食については間宮さんは把握していない。
つまり、間宮さんからしてみれば俺は理由なく音信不通になっているわけだ。
【待ってます】
最後のメッセージは1時間前。と、確認していたらスマホの充電が落ちる。間宮さんの通知が結構な感じで画面をつけていたせいで消費が激しかったのか。いや、もう遅い時間だからか。
俺は捕まえたタクシーに乗り込むと運転手さんに場所を伝え
「できるだけ急いでください」
と伝えた。
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