第49話 間宮さんのご事情

 

 間宮さんはゆっくりだが俺に話してくれた。自分の「顔が良すぎる」せいであった辛いことや理不尽なこと。間宮さんの心がずっと置いてけぼりになったこと。家族のこと。

 俺のような顔面に恵まれていない、なんなら性格だって陰キャでモテるなんて経験もしたことがない男にはわからないような経験だ。


「だから、ずっと誰も信じられなかったです。私に近づいて来る人はみんな……みんな私の顔目当てだったから」


 まぁ、幼い頃のいじめや裏切り、トラウマなんかが原因で彼女の中には大きなバイアスがあって顔目当てじゃない人すらも信じられなかったのかもしれないと俺は思う。ただ、彼女自身、親に裏切られガランとした居場所のない生活を続けてきたんだろう。


「でも、藤城さんは違いました。悠介くんにメリットなんかないのに、変な目で見ることもなく、ただ純粋に私のを聞いてくれたんです」


 あー? そうだっけな? 全く覚えてない。

 でも、可愛すぎて拝めなかったのはたしかです……。

 

「変な目……っすか?」


 とても緊張していたから顔を見られなかっただけだなんてこの雰囲気では言えない。とてもじゃないけど言えない。


「感覚でしかないんですが……私の容姿を利用してやろうとかイヤらしい感じの雰囲気とか……なんて言ったらいいんだろう?」


 間宮さんが俺の質問のせいで脱線し始めたので俺は「なんとなく理解しました」と返事をする。


「だから、その……つまり初めてなんです。人のことを心から好きだなって思えたのが」


 間宮さんは顔を赤くすると「フゥ」と小さく息を吐いた。俺も恥ずかしい。


「だから……何が言いたかったかっていうと……私は多分、悠介くんの想像しているような間宮ユリカじゃないです。私は……外っ面だけで」


「ユリカさん」


 間宮さんがまた泣き出しそうなので、彼女と出会って初めて彼女の言葉を遮った。間宮さんは少しだけ驚いて俺を見ている。


「俺は、さっきまみ……ユリカさんを好きだと行ったのは《外見が》好きだって意味じゃないっす」


 まぁ、外見も可愛いと思うけど。可愛いし綺麗なのは事実なんだから。


「けど、考えてみたっす。ユリカさんが例えばめっちゃモテなさそうな見た目だったとしても……、多分好きになってたと思います。ユリカさんは頑張り屋でたくさん食べてたくさん笑って……すごく素敵な人だと思います」


「それに、俺が変な言い方になってるのは俺のせいです。俺は、その……こんなに綺麗で素敵な人に好きだなんて言われることないって思ってて……そんで失礼なこと、ほんとすんません」


 間宮さんはぐぐっと涙を涙を拭くと話すだけ話してスッキリしたのが笑顔になった。


「私、だから悠介くんが好きなんです」


 え? そっち?!


「いつだってそうやって中身を見てくれて、不器用だけど女の子に慣れてないところも信じられます!」


 はちゃめちゃな論理だ。でも、間宮さんの笑顔を見ているとなんだか俺まで嬉しい気持ちになる。あぁ……ちゃんと言わなきゃいけないな。

 前に進まなくちゃいけないな。


「ユリカさん、あの——」


 ドラマか? と突っ込みたくなるタイミングで間宮さんのスマホがヴヴッとテーブルの上で音を立てた。可愛らしい猫の待ち受けがついて、通知が見える。その通知をみて間宮さんの表情が一変する。


「あぁ!!」


 間宮さんが大声を出すから俺はタイミングを失ってしまう。間宮さんは着信音がなったスマホを見て絶望の淵に立ったような顔で頭を抱えた。


「ど、どうしたんすかね?」


「PR会社への原稿……締切日今日だったみたいですぅ……」


 大事件である。

 間宮さんはとりあえず目の前にある肉じゃがを口の中に詰め込むとカバンを抱えた。

 あぁ、ミスした時にでるパニック間宮さんだ。最初は案件投稿のメールを間違えて送った時だったか……コーヒーをカバンに突っ込もうとして大惨事になったのをよく覚えている。まずいぞ……。


「ユリカさん、大丈夫っすよ。まずは電話で担当に確認しましょ。あっちもバッファ読んでると思うんで、ね?」


 間宮さんが肉じゃがを飲み込むのを待ってから俺は彼女のスマホを渡す。


「もしも、今日絶対なら一緒に会社に行ってパソコン取りにいきましょ」


「えっ、でももう閉まってますよぉ?」


 まぁ、もう全員退社している可能性が高いと間宮さんが慌てて当然だ。でも、俺は知っている。まだオフィスには死んだ目をした三島部長がいることを。


「大丈夫、三島部長がいます」


 間宮さんが電話で相手の会社に謝り倒している間、俺は食器を片付ける。ペロリとなくなった肉じゃが。間宮さんが話してくれた数々のトラウマ。

 間宮さんは俺なんかよりもずっと辛い経験をして、俺なんかよりもずっと強いはずだ。


「明日の朝一ですね……承知しました!」


 間宮さんがスマホをタップする。そして、洗い物をしている俺の方に駆け寄ると「朝一です!」と同じことを繰り返すように言った。パニック間宮さんはバタバタと荷造りをする。


「ユリカさん、タクシー呼んでください」


「は、はいっ!」


 間宮さんはスマホを握りしめると何度か深呼吸をしてから操作をする。そんな間宮さんを眺めながら俺は口角が緩んだ。


 ——告白がうまくいかないのも俺たちらしいな


「悠介さん〜手伝ってください〜。すっかり忘れててまだゼロ原稿なんです」


 間宮さん、最近忙しかったとは言え許されざるミスである。あとでこれは俺も怒られるパターンだ。


「わかってますよ、今日は徹夜っすね。エナドリ買いましょ」


「ほんとにありがとうございます〜。そういえばさっき何か言いかけてませんでした?」


 今更言えるかいっ!

 と心でツッコミを入れながら俺は間宮さんに微笑んで見せる。


「次の機会にさせてください」


「むぅ……、我慢します」


 わかっているのかわかっていないのか、間宮さんは可愛く口を尖らせると俺を睨んだ。なんて可愛いんだろう……この人は。

 

「一発で原稿通さなきゃなんでスパルタっすよ」


「頑張りますっ!」







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