第48話 間宮さんは心配性

 

「昇進……ですか? おめでとうございますっ!」


 悠介さんと呼ばれるのは新鮮で、なんか嬉しい。ただ俺自身は間宮さんをユリカさんと呼ぶのはなんかこう……恥ずかしいというか照れる。


「ただ……オフィスがサテライトの方になりまして」


 と俺が話した途端、間宮さんはとても悲しそうに眉を下げてお茶碗をテーブルの上に置いた。


「じゃあもう一緒に働けないんですか?」


「まみ……ユリカさんは本社勤務で1人広報として独り立ちですね。それに採用広報の勉強をするって話でしたよね」


 間宮さんは広報としての実績を認められた。だから、今抱えている会社広報の仕事だけじゃなく採用広報として新卒イベントに立ったり、学校で開催される企業説明会に参加したりとまぁ目立つ仕事である。

 誰にでも優しくフランクに接することができる間宮さんにはぴったりの仕事だし、SNSでのダイレクトスカウティングなんかも間宮さんがやることで効果が大きくなるだろうという経営陣の判断だった。


「はい、悠介さんは……カメグラマーケ部の部長ですよね」


「そうっす。一旦は自社で持ってきた案件をやる予定ですが後々は部を大きくして営業の子も雇って動いたりする予定っす。俺はエンジニアなんでそっち方面の仕事もしながらマネジメントもするって感じっすね」


 いわゆる俺は便利屋である。

 サテライトオフィスに1人は社内エンジニア置いておきたいし、マネジメントできる、さらにはインフルエンサーである俺が適任だったわけだ。こんなに期待してもらって嬉しいが、正直自信はない。


「もしかして……アシスタントは木内さんですか」


「あ、はい。一応、彼女は元マーケ部で事務作業が得意なのでお願いすることになったっすね。あとは新しく雇うインターンのメンバーですね」


 間宮さんは少し不機嫌な様子で暖かいお茶を飲んだ。


「悠介さん、木内さんみたいな子好きですよね?」


「はいっ?! なんですか急に」


 間宮さんはおもむろに立ち上がり、俺の隣に座るとぐっと前のめりになって睨みつけてきた。俺としては木内さんはたしかに良い子だけど好きとかそういうのじゃなくて、ただ仕事仲間として優秀だと思っているだけだ。


「同期ですし? 前に手も繋いでたし……」


 そういえば……いじめ事件の時に木内さんに手を引っ張られたことがあったっけ? そうだ。そんとき間宮さんもいたわ。

 ——もしかして、嫉妬してくれてる……?

 なんとも言えない嬉しい感情が俺の心の中にこみ上げてくる。


「木内さんはたしかにめっちゃ良い子です。でも、そうだなぁ……なんていうかユリカさんとは違います」


 間宮さんは首を傾げた。

 たしかに、木内さんは俺と仲良くしてくれるしゲームの話も合う。多分、付き合ったとしたら楽しいかもしれない。潔癖症だけど……。

 でも、俺は……


「多分、間宮さん……じゃなかった。ユリカさんのことが好きなんだと思います」


 言っちゃった……。

 勢いに負けてこんなムードもなんもない状態で告白しちまった。女の子に嫉妬してもらえるのなんて生まれて初めてで、正直間宮さんの顔なんてどうでもよくて……ただ彼女を心配にさせたくないとそう思って言葉が出てしまったのだ。


 間宮さんはまるで急にゾンビが出てきてびっくりしてる初心者ゲーマーみたいな顔で俺を見ている。彼女はわなわなと震えだすと、なんと瞳にいっぱい涙を浮かべてしまう。


「あっ! あの! ほんとごめんなさい。俺みたいなキモい陰キャに変なこと言われて怖いっすよね? 本当にすんません」


 やばいやばいやばい!

 女の子を告白で泣かせるなんて……俺まじでどんな顔してたんだろ? ストーカーとか思われたかな? いや、待てよ。俺が自覚してないだけで全部俺の妄想とかじゃないよな??

 俺はバシバシと自分の頰を叩いた。


 ——なんて言えばいい? なんてフォローすれば良い?


「思いますって……なんですか」


 間宮さんは涙をぽろぽろとこぼしながら俺に言った。俺の言葉の「思います」ってところが気に食わなかったみたいだ。気がつけば彼女は俺に抱きついていて俺はそっと茶碗をテーブルに置いた。

 俺は自分の告白がとんでもないサイテー野郎だったことに気がついてドキドキと心臓がバカみたいに動いた。間宮さんにも多分聞こえてしまっている。


「撤回……します。えっと、じゃなくて俺は間宮さんと違って恋愛経験なんかなくて……そのこれが本当に好きなのかわかんなくて。ほんと情けないっすね……。でもまみ……ユリカさんを大切に思っているのは本当です」


「だから変な言い方になっちゃいましたね」


 俺が苦笑いをすると間宮さんは「本当ですか?」と抱きついた状態での必殺上目遣い。鼻血出るって……。


「すごく、大切に思っています。好きなのかはわからないけど……でも他の人とは違います」


 間宮さんがずずっと鼻をならずと俺から離れて


「私、ちゃんと自分のこと話します。悠介さんにちゃんと好きになってもらいたいから。多分、嫌われちゃうかもしれないけど……でも私、次に進みたいです」


 間宮さんは袖で涙を拭くと真剣な表情になった。


「でも……悠介さんが他の子を好きじゃなくて……よかった。悠介くんが木内さんとずっと仕事してて……心配で……。それに新しい部署でも一緒だと思ったら……ごめんなさい」


 漫画だったら「コテン」と効果音が出るような感覚で間宮さんは俺の胸元に頭をぶつけた。

 撫でていいのだろうか……きっと彼氏になれる俺は撫でるべきだろうか。ほら、あれだよな……頭ぽんぽん。


 そんなカッコいい男がすることはできず、そっと彼女の背中に手を回すことしかできなかった。

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