第47話 どっちか好きなんですか?!


 間宮さんとになって早2週間。ランチはそれぞれのタイミングで、ディナーも週末か時間が合えば……くらいには俺の方も間宮さんも忙しくなっていた。

 そんな中、やっとのことで人事異動の公表が許された俺は久々のディナーに間宮さんを呼び出していた。


「今日は何を作ってくれるんですかぁ?」


「今日は肉じゃがです」


 間宮さんは材料を見ながら「カレーかと思いました」と言った。まぁ、だいたい同じだし……。うちは肉じゃが豚肉だけど、間宮さんはカレーも豚肉なのかな?


「藤城さん、お嫁さんにきませんか」


「行きませんよ、あはは〜」


 間宮さんは本気だったようでふくれたような顔をする。確かに、俺は男として頼りになるというよりは「お嫁さん感」の方が我ながら強いかもしれない。


「藤城さんはやっぱりおしとやかなお嫁さんがいいんですか?」


 ジャガイモの皮を剥きながら、間宮さんの質問を考える。おしとやかな女の子ってあんまり良いイメージがなかったりする。でも、それを間宮さんに言ったところでなぁ……。

 ここは間宮さんみたいな明るい子が好きだっていうか?

 いや、どう考えでも俺は明るい子が好き! っていうタイプの男じゃないしなぁ……。


「そうっすねぇ、お嫁さんにするならかぁ。うーん、一緒にいて楽しい人……ですかね?」


 間宮さんは「ふーん」と言いながらもなんだか嬉しそうだ。多分、俺の答えは正しかったようだ。よかった……。

 ジャガイモを水にさらして……そんで肉の下準備。


「じゃあ、藤城さんが可愛い系と綺麗系だったらどっちが好きですか?」


「俺女性のファッションとかあんまり詳しくなくて……どういう感じっすかね?」


 間宮さんは包丁を持ったまま俺の方を向くとニコリと微笑んだ。ちょっと怖い。


「綺麗系はそうだなぁ……原川姉さんとかマリコさんみたいな感じです。サバサバッとしてる感じでシンプルって感じです。可愛い系は……愛嬌があってあざとい子犬系女子って感じです」


 間宮さんはその後に何人か著名な女優の名前をあげた。確かに、どっちかと聞きたくなる気持ちはわかる。俺自身、恋愛経験なんてないに等しいし、何より間宮さんはどっちなんだ?!

 間宮さんは可愛い系……の方の性格だけど見た目は綺麗系だ。これ、回答によっては怒らせちゃうんじゃ?


「えっと……」


 ずいずいっ……間宮さんは包丁を持ったまま俺ににじり寄って来る。可愛いけど怖いっす。


「どっちなんですかぁ」


 間宮さんは必殺上目遣いを俺に向けてくる。今日はコンタクトの色がちょっと違うな。似合うな、と訳のわからないことを考えてしまう。


「ど、どっちもっすかね?」


「藤城さんの欲張り!」


 正解だったんだろうか? 間宮さんはシンクに向き直ると人参を切り始める。こうやって間宮さんに振り回されるのが楽しくて思わず笑みが溢れた。間宮さんはちょっと気が強くてわがままな子だと理解した。


***


 肉じゃがが美味しく煮えた頃、俺と間宮さんは俺が今度出版することになったレシピ本について話していた。正直、文章の部分についてもう手が回っていなかったが間宮さんに相談したところ、協力してくれるとのことだ。


「嫁入り前ですから、レシピ本の原稿書きながらお料理の勉強です」


 俺たちはレシピ本に乗せる料理をこうして実際に作って、間宮さんが原稿を書く。もちろん俺が最終チェックをするが非常に助かっていた。


「肉じゃがはやっぱり美味しいですねぇ」


「豚肉なんでリーズナブルですし、何より男ウケは抜群ですからね。肉じゃが」


 間宮さんは可愛いお茶碗を持って白飯を食べながら「うんうん」とうなずいた。いや、あなたは女の子ですよ?!

 

「そうだ、藤城さん」


「なんすか?」


 間宮さんはトンとお茶碗を置くと手を膝に置いて、いかにもかしこまった様子で真剣な顔をする。なんだろう、もしかしてフラれる……? いや、そんな雰囲気じゃなかったよな。

 

「お願いがあるんです」


「は、はい」


 ドキドキと心臓の音が聞こえそうなくらい鳴る。間宮さんがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえるくらいの沈黙が俺たちの間を流れた。

 間宮さんは真っ赤になっていて、何か言いだしそうな雰囲気だ。


「2人っきりの時は……その名前とか……あ! あだ名とか!」


「あ、あぁ! そういうことですよね! なんでもいいですよ! 俺特にあだ名ないですし! 悠介っていう結構平凡な名前なんで嬉しいっす」


 ちょっと、ちょっとだけエッチな妄想をした自分をぶん殴りたくなりながら俺は必死に慌てているのを隠す。

 間宮さんは俺の心配をよそに


「悠介くん、ゆーくん、ゆーちゃん。うーん、どれもいいですよねぇ」


 と顎に手を当てて可愛らしく悩んでいる。間宮さんの口から俺の名前をもじったあだ名が出るたびに俺は恥ずかしさと照れで顔が爆発しそうになり、誤魔化すように肉じゃがと白飯を交互に口に詰めた。


「やっぱり、悠介さんって呼ぶことにします」


 意外と普通かーい!

 と突っ込みたい気持ちを抑えて、間宮さんに「恥ずかしいっすね」と笑いかける。間宮さんは


「悠介さんってなんか良い奥さんっぽい呼び方じゃないですか?」


 と間宮さんが照れながらいうもんだから俺まで照れてしまった。間宮さんはそれでもなんだか嬉しそうで、しばらく見つめあって


「悠介さん——」


 と小さな口で言った。


「あぁ……可愛いっす」


 と口から溢れていることに気づいたが遅し、間宮さんは今までにないほど顔を真っ赤にして湯気でも出るんじゃないかってほど口をパクパクさせた。

 俺はこの状況を突破しようと


「お、俺はなんて呼びましょうか!」


 と提案してみた。その一言で間宮さんは顔を覆っていた手を外すと口を尖らせながら


「ユリカさんって呼んでくださいぃ……私の方がお姉さんなんですよ」


 と言った。

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