第46話 かわいい子は怒ってもかわいい

 新設する部署の部長になることが告げられた俺は正直迷っていた。というのも、最近DMで出版社とやりとりをしていて「レシピ本兼スタイルブック」の出版が決まってかなりインフルエンサーとして忙しくなりそうだったからだ。

 うちの会社は副業OKだし、俺がある程度会社の給料以外で稼いでいることは把握しているが……身がもたねぇ。


「大丈夫ですか?」


 と俺に声をかけたのは間宮さん……ではなく木内さんだ。彼女は新設する部署に入ってもらうことになり、最近は2人で計画を進めている。と行っても、俺と彼女以外は新しく雇うインターンで回していくことになっていて……採用面談もかなり大変になってきている。


「あ、はい。ちょっと一服してきます」


「じゃあ、私の方で書類の可否出しておきますね」


 木内さんは優しい笑顔で言った。彼女は「コツコツした作業が得意」と言っていたがかなり優秀だ。仕事は丁寧だし、気も聞く。処理速度が速いからか仕事がすんなり進んでいく。ありがてぇ。


 MTG室から出て共有スペースを抜けるとそこで間宮さんとばったり。間宮さんはにっこにこで駆け寄ってきた。


「最近、MTG室で木内さんと何なさってるんですか?」


 圧の強い笑顔である。

 そうだ、俺はこの人に首根っこを掴まれた上で外堀をがっつり埋められているんだった。

 俺だって話せるものなら話したいが……まだ公表できる情報じゃないと社長が言っていた。間宮さんは広報だからおそらくかなり早い段階で知ることになるだろうが……俺の口から昇進や移動について言うことはできない。


「ああ、仕事の案件の話ですよ」


「あやしい〜」


 ツンツンと肩を突かれて、俺はかなり困る。間宮さんはかわいいし、昇進するのは嬉しい。でも、こうやって会うこともできなくなるんだよなぁ。


「だって、最近髪切ったし。なんかスーツの日多いし……浮気ですか」


 ——はい?!

 俺ら友達からって言いませんでしたっ?!


「まぁ、そうっすねぇ。まだ言えないんですけどインターンの子の面談とかしてるのでほら……スウェットじゃあれじゃないっすか?」


 間宮さんは「むぅ」とアニメみたいに口を尖らせる。可愛すぎませんか? もう話したい……。

 いや、でも中間管理職になったら部下にも家族にも言えないことがたくさん増える。きっと彼女になるであろう間宮さんにも言えないことはたくさん増えるだろう。だから、ここは我慢だし間宮さんにも我慢してもらわないと。


「コーヒーでも買いに行きますか」


 俺は手に持っていたタバコをお尻のポッケにしまいこんで不自然な提案をする。間宮さんは頬を膨らせたままだが首を縦に振った。


「藤城さんの奢りですよ」


「カフェモカっすか」


 間宮さんは「はい」と買収された。そして俺の服の裾をキュッと引っ張って聞こえるか聞こえないかの小さな声で


「かっこよくなるの、心配です」


 と言った。

 俺、全然かっこよくないです! ちょっと清潔感意識しただけです!

 と心の中で叫びながら「寒いんで上着持ってきたらどうっすか、エントランスで待ちますよ」と間宮さんをオフィスへと追い返した。


***


「結構並んでますねぇ」


「だから、上着持ってきてよかったじゃないっすか」


 人気のコーヒー店、今日新作が出るとかで結構混んでいた。このコーヒー店のカフェモカがお気に入りの間宮さんは大体カフェモカで機嫌が良くなる。

 

「新作はホワイトチョコかぁ〜、うーん」


「新作にするっすか?」


「いつものがいいんです。でも新作のホワイトのやつも気になりますぅ」


 間宮さんはなんとも言えない表情で待機列用のメニュー表を見ながら頭を抱えた。可愛い。


「俺は新作にしますよ」


 と意地悪を言ってみる。間宮さんは「えっ」と振り返るとさらに悩み出し、可愛すぎて俺も、周りの客も癒されていた。


「か、カフェモカで」


 結局間宮さんはカフェモカをオーダーし、俺は新作のホワイトチョコをベースにしたカフェモカにサクサクのパイが刺さったなんとも美味しそうなコーヒーを注文した。

 よく考えてみりゃスプーンで食べる系だな。テイクアウトには向いてなかったかも……?


「へぇ、パイは別にくれるんですね」


 俺の心配は杞憂だったようで、テイクアウトの客には付属のパイは別に包んでくれて飲むときにコーヒーにぶっ刺してくださいとのことだった。ホワイトチョコの丸みのある香りが漂う。早くオフィスに帰って飲もう。


「あったかいですねぇ」


 間宮さんは両手でコーヒーカップを持ちながらほっこりした様子で歩いている。なんというか、こういう仕草が世の中で一番似合うな。この人は。


「これ、新作なんでカメグラ用に撮りますか?」


「えっ、いいんですかっ?」


 間宮さんは予想外に驚いた様子だ。いや、写真撮るくらいいいだろ。わざわざパイは別でくれたんだし映えるように盛り付けて「仕事中の息抜き」みたいなタグで載せたら会社的にもPRになるだろうし。

 にしても……間宮さん喜びすぎやしませんか?


 オフィスの共有スペースについて俺はなぜ間宮さんがあんなに喜んでいたのか思い知ることになる。


「では!」


 ——?!


 一通り写真を撮り終わった俺たちは購入したコーヒーを飲みながらゆったりしていた。間宮さんはお気に入りのカフェモカを、俺は新作のコーヒーを。甘いけどたまにはいいかな。と思えるくらいは美味しい。

 間宮さんはいきなり俺のカップを引き寄せるとぐいっとコーヒーを飲み込んだ。


「?!」


 驚く俺をよそに「確かに、甘いけど後味がすっきりですねぇ」「パイのサクサク感が新鮮です」と食レポ。

 おいおいおい、ここ職場ですよ? 間宮さん?


「藤城さん? どうかしました?」


 白いお髭がついた間宮さんを思わず俺は写真に撮った。


 ——待受にしていいっすか……これまじで


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