第44話 陰キャ男子の牙城を落とせ!


「えーん、お弁当作戦も響かず……藤城さんって女性苦手とかですかぁ」


 マリコさんとお兄さんは店の営業後に私を呼んでくれた。というのも、藤城さんにお弁当攻撃をしかけたものの……


 ——じゃあお疲れ様っす


 お弁当を食べた後は普段と変わらない藤城さんのまま……何も変わらずに帰ってしまったのだ。やっぱり、美味しくなかったのかなぁ。なんて不安になってマリコさんにMINEしてしまったのだ。


「うーん、やっぱりアレのせいかなぁ」


 マリコさんはワインを飲みながらパリパリに揚げたパスタをかじった。お兄さんも「うーん」と困った様な顔をしている。


「こんなこと俺から話すのはアレだけど……あいつさ中学生の時にクラスの女子の【告白ゲーム】に巻き込まれたことがあってさ」


「告白ゲームですか?」


「あぁ、うちの学校では流行ってて、クラスの可愛い女子が冴えない男子に好きだよアピールしたり告白したりしてその反応見て楽しむってやつ。あいつ、そのせいで仲よかった男友達に妬まれて嫌われ、結局その女の子にもキモいって言われ……そっからだろうなぁ」


 お兄さんは皿をクイっと拭くとため息をついた。

 そんなひどい……でも、私の周りにいた女の子たちも同じようなことしてたし、冴えない男の子にキモいって言ってる子はたくさんいたよな……。

 だから、藤城さんも私のことそう言う女子だと思って警戒しているのかもしれない。きっと金目当てとか遊びとかそんな風に。

 裏で女子同士で笑ってるんじゃないかとか、私の好意に気がついても答えたら傷つくと思っているのかもしれない。


「高校は男子校、大学もそうねぇ男の子ばっかりだったし……。多分、ゆうちゃんは間宮さんのこと嫌いとかそういうんじゃないと思うの」


 マリコさんはフォローするように言った。

 私は不安になる。


「ほんっと……昔っからグズのバカなんだよなぁ。学生時代キモがられてたのだってただ運動がちょっと苦手でインドアな趣味ってだけの子供っぽい理由でさ、大人になればどんな趣味も運動できなくても人に好きになってもらえるってわかんねぇままなんだよなぁ」


「そんだけ学生時代の記憶が鮮明なのよ。ゆうちゃん、昔から賢い子だったしゆっくりだけどちゃんと進んでたじゃない。猪突猛進なあなたとは違うのよ。ね、間宮さん」


マリコさんは「ぽかっ」とお兄さんの肩を叩いた。


「こんなことお願いすんのは兄として恥ずかしい。もしも、本当にバカ弟を好きだって思ってくれてるならあいつのガードぶち破ってそんでこっち側にひっぱりあげてくんないか?」


 多分、藤城さんからしたら「余計なお世話だ!」と思うんだろう。

 でも私は答える。だって私がそうしたいから、どうしても彼を手に入れたいから。


「はいっ!」


 藤城さんからデート、どうしようか。

 私は小躍りするほど嬉しくてたまらない気持ちになった。どんな服が好きだろうか? やっぱりワンピース? 仕事の帰りに買いに行こう。


***


 デート前日、私はお風呂に入りながら全身のケアをする。やっぱり美容院に行けばよかったなぁ……。

 デートって言っても好きな人とするのは初めてだし、やっぱり藤城さんに可愛いって思ってほしい。

 と同時に私はすごく怖かった。


 私の両親は私が高校生の時に離婚することになった。理由は「母親が家事をしないから」というごくごく単純で自分勝手な理由。

 父が長年不倫をしていて、その事実を公にしない代わりに母が多額の慰謝料を受け取った。2人とも私に隠していたけど……私は知らない女性と楽しそうにする父を街で見かけたことがあってすごくショックだったのを覚えている。


「なんで……疲れて帰ってきてるのに冷凍食品なんだよ」


「だって作ったらあなた食べないじゃない!」


 父と母は私の出身校のOB・OGでミスコンのカップル。大学時代からの付き合いで私が出来たことでゴールインした。母が言うには【若い頃は】誰もが羨むカップル。

 でも、母は家事が苦手でどんなに頑張っても父の求めるレベルには達することができなかったそうだ。


 ——ユリカ、持っていけるものは少しだけよ


 離婚が決まった時、私は生まれてからずっと住んできた家を出て行くことになった。家具もインテリアも食器一つ、壁紙にさえも沢山の思い出があった。母と父と笑いあったこと、学校で作ったもの、たくさんの思い出があった。

 でも、母は父の思い出を残したくないからだろうか、私にそれらを捨てる様に言った。


 ——向こうでなんでも買ってあげるからね


 私は「うん」と笑顔を向ける。でも本当は


(いやだ……思い出を捨てたくないよ。おかあさん)


 父はこの家で新しい生活をするからと全て捨てて内装も工事を入れたかったらしい。私たちに必要な荷物はないかと確認してきたのをよく覚えている。

 私が生まれてからの全ての思い出はこんなに簡単になくなってしまったのだ。

 家族なのに、血が繋がっているのに。


 ——なら、思い出なんてない方がいい


「雑貨店……か」


 好きな人との思い出を形にするのが怖い。全部全部美味しいご飯みたいにお腹に入れてしまえばなくなる魔法みたいな時間だけになってしまえばいいのに。


「うぅ……でも藤城さんに会いたいよぉ」






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