第42話 間宮さんとマグカップ

 

「おぉ、これ可愛いですねぇ」


 間宮さんはテンションマックスで雑貨を見ている。手に持っているのはシンプルだけど可愛らしいデザインのマグカップ。確かに可愛い。イルカとクジラのペアになっていて水回りにぴったり。


「確かに可愛いっすねぇ」


「でも、取っ手が猫ちゃんの尻尾のやつと迷うなぁ」


 間宮さんが次に手に取ったのは猫のデザインのカップで取っ手の部分が猫の尻尾が丸まったような可愛いデザイン。

 

「なんでも買うんで好きに選んでくださいね」


「えっ、買ってくれるんですかっ?!」


「もちろん、今日は俺が誘ったデートなんで……」


 間宮さんはにっこりと微笑むと猫の方のマグカップを俺の持っているカゴに突っ込んだ。

 

「あと、そうだ。クッションがほしいですねぇ」


「クッションですか?」


「はい、藤城さんのお家ってクッションないじゃないですか」


 間宮さんはさも当然かのように俺の家の話をするが……俺は間宮さんの家のインテリア買いに来たんですけど?!

 

「ま、間宮さん? できれば間宮さんのお家におけるものがよくないですか?」


 間宮さんは俺の言葉を聞くと間宮さんは少しだけ悲しそうな表情をすると「確かに、そういう趣旨だったかもしれないですね」と言った。

 俺はなんか地雷踏んだっぽい? やっぱミニマリストだったとか……?


「確かに、私選ぶのセンスがなくって……そうだ。何か選んでくれますか?」


 間宮さんの表情が俺にも少しわかってくるようになった。間宮さんは多分、何か……闇を持っている顔だ。最初、ミーティングした時と同じ「私は顔だけのお飾りだ」とでも思っているんだろうか。


「じゃあ、さっきのマグカップ買いましょうか」


「へ?」


「ほら、いるかとくじらのやつです」


「えっ、でも猫ちゃんに決めたじゃないですか」


 俺は問答無用でいるかとくじらのマグカップをカゴに突っ込む。間宮さんは不思議そうに俺とカゴを交互に見つめていたが俺の意図がわかったのか顔を真っ赤にした。


「猫のやつは俺の家に、いるかとくじらは間宮さんの家に置くやつです。あっ、マグカップがあるとなればコーヒーメーカーも必要ですね。プレゼントしますよ」


「あっ、ありがとうございますっ」


***


 その後、俺の提案でいくつか間宮さんの部屋に置くインテリアや食器を買った。普段、ゲームくらいにしか金を使わないから、余裕があってよかった。これが陰キャの強み! 

 間宮さんには普段からお世話(?)になっているし、何よりいつも癒しをもらっているし。安いもんだ。


「コーヒーメーカーのセットが完了しました。使い方はわかりますか?」


「はいっ、懐かしい〜。オススメのお豆まで選んでもらっちゃってありがとうございます」


「お安い御用ですよ。そうだ、せっかくですしランチのレシピ考えながらコーヒー飲みますか」


 間宮さんは「はっ!」と驚いたような仕草をすると俺とコーヒーメーカーの間に滑り込んだ。思いの外、体が密着して俺は思わず彼女から顔を背ける。

 一方で間宮さんはなんだか真剣な顔で俺を睨んでいるようだ。


「おもてなしは……! 私がしますので!」


 おぉ……それはありがてぇ。確かに、人の家のキッチンで好き勝手するのはアレだな。無礼だよな。

 

「あ、すんません。ありがとうございます」


「藤城さんはランプの組み立てお願いできますか?」


 おしゃれなインテリアランプを買ったんだった。間宮さんの部屋は寒色系でまとめられた殺風景な部屋だがランプ一つあるだけで気分が変わると俺の提案で置くことになったのだ。

 

「了解っす」


 ダンボールを開けて中のランプの傘を丁寧に吹く。そのあと説明書にしたがって組み立てていく。


「間宮さーん、どこらへんがいいですかね?」


 キッチンからはコーヒーのいい香りがする。やっぱり休日の昼前はコーヒーだな。とか人の家で勝手に思う。


 ——あれ? 俺、なんでこんなに緊張しないんだろ?


 超美人の家で二人っきり、しかも多分超絶脈あり。なんていう陽キャなら即喰い案件なのに……まるで親友といるみたいにリラックスしている俺。

 間宮さんって実は……俺の思うような陽キャじゃないんじゃないか? なんて思ったりして。


「ベッドのそばがいいですかね?」


「置いてみましょうか」


 枕元、手を伸ばせばランプが消せるくらいの距離に置いてみる。いい感じだな。間宮さんも「いい感じですね」と言っていた。

 

「藤城さん、コーヒー入りましたよ」


「ありがとうございます」


 ダンボールを小さくして縛り上げてから俺はテーブルの方へと向かった。買ったばっかりのマグカップには並々とコーヒーが注がれ、可愛らしい貝殻のデザインのマドルが刺さっていた。


「こうやってインテリアを置いてみると色々欲しくなっちゃいますね」


 間宮さんはコクコクとコーヒーを飲み込む。彼女は辛いものが好きなくせにコーヒーは甘め。蜂蜜入りだ。


「例えば、ランプのそばに小さな机を置いて目覚まし時計とか本とか置けるようにすればベッドでゆったりできますし」


 間宮さんは「おぉ」と想像でもしたのか目を閉じて微笑んだ。


「私、自分の空間を作るのが得意じゃなくて……だから藤城さんが背中を押してくれて嬉しかったんです」


「そうなんですか?」


 間宮さんは少しだけ目を泳がせるときゅっと瞼を閉じる。何か言いにくいことだったんだろう。


「やっぱり、デートでこんな話ダメです! 藤城さんっ、カルボナーラの材料は揃えたので作ってください!」


 間宮さんは強引に俺を立たせるとキッチンへと追いやった。背中を小さな手でグイグイと押されて、そんでもってバシッと叩かれる。痛いけど可愛い。


「間宮さん、俺でよければ聞くんで。気が向いたら話してくださいね」


 間宮さんのことが知りたいと思った。というか、多分知っとかないと間宮さんと前には進めないと思った。

 彼女は嫌がるだろうか? ってかマジで地雷は踏みぬいて解決するしかなかったのかと後悔し始めた時だった。


 ぼふっ!

 という生地が擦れるおと、背中から腹部がぎゅうと締め付けられてじんわりと暖かくなる。驚いて腹をみると細い腕が巻き付いていて、背中には微かな吐息を感じた。

 

「藤城さん……すきぃぃ〜」


 告白は男から……なんて。

 間宮さんの地雷を見事に踏みぬいて、そのまま核心に触れてしまったかもしれない。

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