第41話 間宮さんはイチャイチャしたい


「来ちゃいました」


 とデート当日、俺の部屋に押しかけて来たのはとてつもなく可愛いワンピースを身につけている間宮さんだった。待ち合わせは俺の最寄りの駅。というのも連れて行く予定の店がその近くだったからだ。

 でも、今間宮さんは俺の部屋にいる。


「えっと、とりあえず座ってくださいね」


 俺は間宮さんをリビングに通して、ボサボサの髪の毛を治すために洗面所へと向かった。女の子が部屋に来るなんて想定していなかったからタバコ臭いし、下着とかも干しっぱなしだし。

 あーもー!


「藤城さん? 朝ごはんは食べました?」


 座っていてほしい。という俺の希望をまるっと無視した間宮さんはひょっこりと洗面所に顔を出した。俺は絶賛髭剃り中。ピャッ! と変な声が出る。


「そんなに驚かないでくださいよぉ〜」


 ぷくっと頬を膨らませて間宮さんは俺の隣まで近寄って来る。髭剃ってるんで! 近寄らないで〜!

 そもそも男の洗面台に近づくとか警戒心なさ過ぎません?

 と思っていると間宮さんは俺の洗面台の上にある一本だけの歯ブラシを見てニヤニヤしている。


 ——この人実は変態なんですかねっ?!


「朝ごはんはまだっす。ま、間宮さん早くないですか?」


 間宮さんはやっと恥ずかしそうな表情になるともじもじとして、小さな声で


「楽しみで……その」


 と言い出した。

 あぁ……俺は幸せものすぎませんか?! いやいや、絶対「なんか安心できるから〜」とかいう謎パターンだって。そう男として見られてないやつ!

 そうじゃなきゃ男の家にズカズカ入ってこないって。騙されるな俺。


「一緒に食いますか?」


「はいっ!」


 間宮さんはバッチバチに決めた格好で、俺は部屋着のスウェットでキッチンへたった。汚れちゃうんでと言っても「一緒に作ります」と言って聞かない間宮さん。意外と頑固らしい。

 でも……今日は買い物のあとランチを一緒に作る予定だったからか間宮さんはいつもの香水をつけていない。そういうところ気が使える女性なんだよなぁ。


「って何もないんで、スクラングルエッグとキャベツのサラダ炒め作りますか」


 間宮さんは「私はパンを焼きますね」とうなずいた。


「ソーセージもあったかな、あるな。よし」


 キャベツを千切りにして酸っぱい系のドレッシングと和える。そしてこれを塩胡椒で炒める。酸っぱいけどキャベツはシャキシャキで暖かい。普通のサラダだけだと朝食べるのってしんどいが火を通すことで食べやすく消化もしやすくなる。

 ソーセージとスクランブルエッグ。卵には牛乳を混ぜてふわふわに。ソースはケチャップとマヨネーズを混ぜたソースで。


「ソーセージ茹でるんですか?」


 間宮さんは鍋の中にたっぷり入ったお湯を見て不思議そうに言った。


「はい、ソーセージは70度くらいの低温でゆっくりボイルするとパリッとして美味しいんですよ」


「ほえぇ〜、知らなかったです」


 間宮さんはなんとも可愛い顔で俺を見上げる。メイクも多分どっか違うんだろう。いつもより可愛い。なんだろう、なんかキラキラしている。


「藤城さんって……おっきいんですね」


「はいっ?!」


「あ、背がです。いつも私ヒール履いているんでそう感じなかったけど……こうやってスリッパでまじまじと見ると大きいなぁって」


 苦笑いで間宮さんをかわして俺はパンに塗るバターを冷蔵庫から取り出した。うぅもっとおしゃれなの買っとけばよかった。


「よし、できましたね」


「おいしそう!」


「間宮さん、コーヒーとオレンジジュースと牛乳がありますけどどうします?」


「オレンジジュースで!」


 可愛い。

 

***


 朝飯を食べて食休みをした後俺は間宮さんを少し待たせて支度を済ませた。なんだか同棲カップルみたいだなと思いながら俺たちは雑貨屋に向かって歩いていた。


「お弁当箱〜」


 ウッキウキの間宮さん。めっちゃ可愛い。まぁタッパーってのも乙だけど、流石にカメグラに載せるのならオシャレなのがいいと思われる。間宮さんが始める予定の手作りお弁当シリーズ。

 給料日前でなかなかランチに贅沢できない……という想定のユーザー層に向けた企画だから間宮さん自身も節約簡単時短レシピを俺と作りたいとのことだった。


「あっ、藤城さん」


 間宮さんは唐突に俺の手を握る。小さくて細い手がぎゅっと力を入れるとブンブンと子供のように振りながら歩く。


「デートに誘ったんだから手ぐらい繋いでくださいよ?」


 かっこいい陽キャなら多分、カップルつなぎに握り直して、何なら体を引き寄せて誘うんだろうか。俺は案の定ピキンと体が固まって動かない。

 きっと間宮さんも勇気を出してくれているのに、何やってんだか。必死でいつも通りの笑顔を装って俺は「いいんすか? 勘違いされますよ〜」と茶化す。

 

 間宮さんは足を止めて必殺上目遣い。

 やめて……もう俺は死んでいる。


「勘違い……してくれませんか?」


 ぎゅっと俺は優しく彼女手を握り返した。

 間宮さんは少しだけ口角を上げると目的地に向かって歩き出す。俺は間宮さんの横顔を見ながら「勘違い」の言葉の意味を考える。

 やっぱり、俺みたいなキモ陰キャをからかって勘違いさせて喜んでる……? ほらよく「ざまぁ」される側の陽キャが主人公にやる「惚れさせゲーム」みたいな。


 ——それとも、本当に……?


 素直に受け取れない自分に心底腹が立った。自分を一番認めてやれてないのは俺自身だ。


「あっ、そうだ藤城さん! お弁当お揃いにしません? あとマグカップも欲しいなぁ」


 俺の心の霧を振り払うように間宮さんが笑いかけてくれる。


「マグカップはいいっすけど、弁当は会社のやつに見られるんできついっす」


「なんでですかぁ?!」


 ふてくされた顔の間宮さんが可愛くて思わず俺も吹き出した。「絶対お揃いにするんですっ」と言って聞かない。

 圧倒的光属性には勝てそうにない。


「ほらっ、行きますよ〜。ノロノロしないでください」


 

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