第39話 間宮さんの攻略


「えっと……それはどういうことでしょう?」


「私、結構通っているんです! 義兄さんのお店に……。それで義姉さんと義兄さんの連絡先を聞いて藤城さんにお弁当を作るってご相談をしたらアドバイスをいただきました」


 にっこり!

 間宮さんは自慢げに笑っていたが俺は複雑な気持ちだった。間宮さんって意外としたたかな人です?!

 俺に直接聞いてくれればいいものをまさか兄貴に行くとは……。ほんで、兄貴もまぁ素直に答えたもんだ。今度会った時死ぬほどからかわれるな……。


「あっ、忘れてた。スープもあるんです」


 間宮さんは魔法瓶を取り出すとカップにトクトクと暖かいスープを注いだ。お味噌汁のようだ。わかめと白菜のシンプルかつ俺の好きな具だ。

 こんなところまで調査済みのようですね。はい。


「藤城さん、おいしいですか?」


「おいしいです。あの俺嬉しいです」


 素直な気持ちを伝えると間宮さんは真っ赤になってガツガツと自分の弁当をかきこんだ。可愛い。

 

「手料理は下手ですけど……それでもちゃんとするんで見ててくださいね」


 お、おぅ。

 間宮さんは勝手に盛り上がって勝手に恥ずかしがって勝手に怒る。女の子ってこんなに不思議な生き物なんだな。と俺は心底思った。


***


 ——なぜこうなった。


 共有スペースのカフェカウンターで俺は一人仕事をするつもりだった。クソ忙しかったし、何よりもデスクにいると落ち着かないのでこう……ザワザワしたところでがっつり仕事に集中したかったのだ。

 

「藤城さん、どう思いますか? これ」


 間宮さんは俺の隣にぴったりくっついて座っている。俺がデスクから席をはずすとまるで鴨の子供みたいについて歩くのだ。


「なにがっすか?」


「会社ブログのアナリティクスです」


 間宮さんはぐっと俺に顔を近づけてくる。綺麗な顔。なんで唇カサカサしないんだろ? あんな辛いもん食ってるのに。


「ちょい待ってくださいね。こっち片付けたらみます」


「んぅ、今日藤城さん忙しそうですね……」


 すんません。と会釈してから俺はパソコンに向き合った。こう、案件が重なると忙しくなる。すくなくとも「エンジニア待ち」なんて状態にすることはできないので必死である。

 それと……会社で新しいプロジェクトが始まるたび、結局社内エンジニアである俺は基本巻き込まれるので仕方がないのだ。忙しい。


【(総務)藤くん〜席に戻ったらパソコンみてくれる? 初期化したんだけどなんだか問題があって〜】


 総務のお姉さん方からのヘルプだ。まぁ、新入社員もいないしそれは後回しだ。


【(俺)承知です! 俺の席に置いてくだされば明日の朝までにやります】


 総務のお姉さんたちは主婦さんがほとんどだから時短。16時には退勤する。基本的に残業させるわけにはいかないし、俺のために待ってもらうのも悪い。何より総務のお姉さんたちはかなりの力を持っている。

 気に入ってもらえれば俺みたいに毎日お菓子がもらえる。


 ちらりと間宮さんを見ると、間宮さんは難しい顔で画面と向き合っていた。会社HPで運用しているブログの解析を見て何か悩んでいるんだろうか?

 俺は爆速で仕事を片付ける。その間、間宮さんはコーヒーを2杯ほど飲み終えていた。

 時刻は定時前。俺はゆっくりきたけど間宮さんはもう8時間過ぎたんじゃないだろうか。


「間宮さん、すんません」


「あっ、落ち着きましたか?」


「はい、えっと……」


「なかなかブログのPVが伸びなくて……」


 3日間でブログを閲覧してくれた人は100人か。間宮さんのカメグラのフォロワーは10万人だ。そのうちの100人なのか全く別の100人なのか……いや、別と考えるべきだろう。


「間宮さん、会社HPはどんな人が見にくるか考えましょう」


「私はリクルーティングを考えてブログを作ろうと思ってるんですが……うーん。100人かぁ」


「間宮さん、そろそろ定時だし今日はやめときましょう。続きは明日で」


 共有スペースもオフィスも人がまばらになっていた。窓から差し込む光も夕日に変わりほどなくして日が沈むだろう。あぁ……タバコ吸わないと死にそう。


「藤城さん、コーヒー飲みますか?」


 間宮さんはカフェスペースに入って振り返った。あぁ、コーヒーでもいいや。


「いいんすか」


「はいっ、えっと藤城さんはブラックですよね? でも甘いの飲んだ方がいいと思います」


 おぉ、提案式。


「あ、じゃあ間宮さんのオススメでお願いします」


 間宮さんはコーヒーメーカーを手に取ると紙コップにコーヒーを注いだ。そして戸棚の中にあった砂糖……ではなく蜂蜜を手に取った。

 ぶちゅうと音をたてて蜂蜜はコーヒーの中に落ちて行く。間宮さんはいたって真剣な顔だ。


「はちみつコーヒーです」


 そのまま!

 俺はお礼を言ってコーヒーを受け取った。口にする。ほんのりと蜂蜜の香りがコーヒーに混ざり合ってなんとも優しい味だ。


「美味しいっす」


「蜂蜜は疲れを取ってくれるんですよ。それに栄養もたっぷりです。コーヒーにも合うんですよね」


「あざっす」


「藤城さん、本当にお疲れ様です」


 間宮さんは俺の隣に座ると向き合うように椅子を動かして優しく微笑んだ。可愛さと優しさにぐわんと心が引っ張られる。


「じゃあ、私はこの辺で」


「お疲れ様です」


 間宮さんはぺこりとお辞儀をするとオフィスへ向か……じゃなくて俺の方へ近づきていて背伸びをすると、俺の耳元で


「デート楽しみにしてます」


 と囁いた。

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