6 人気になるには常にユーザーを攻略せよ!

第38話 美人広報の……

 今日も今日とて間宮さんは俺の隣を陣取っている。訳のわからん告白騒ぎがあっても俺たちは普通に仕事をしている。

 間宮さんは社内ブログの執筆でパツパツだったし、俺は俺で社内システムの導入で死ぬほど忙しかった。

 常にリモート会議で先輩たちにアドバイスをもらいながら作業をして、それでもって突発で起きる社内のトラブルにも対応する。


「あー、このアプリはうちのウイルスソフトが弾いてるっすね。ちょっと待ってくださいよ〜。アプリのインストール稟議出してくださいっす」


「急ぎの案件なんです!」


 とごねる営業の女の子をなだめながら俺はパソコンを突っ返す。これだから営業は困る。自分の都合で会社のルールは動かせない。多分、忘れてたんだろう。全く。


「藤城、ちょっといいかな」


 とクールな声は原川姉さんだ。何やら忙しそうな様子で俺のデスクに駆け寄ってくる。やばい、なんか言われてたっけ?


「はい」


「このページ、表示崩れしてるんだけど見てくれない? 急ぎ」


 原川姉さんのPCを見るに彼女がコーディングした部分が崩れてしまっている。俺はページのソースコードを見ながら原因を探る。

 これ……だな。


「これでOKだと思います。多分サバが間違ってただけっすね。よかった」


 原川姉さんは「ありがと」と短く言うとさっさとオフィスを出て行った。死ぬほど忙しそうだ。俺も忙しい。

 三島部長も白目向きそうな勢いでタイピングしている。あーこりゃ残業だな。


「藤城さん、藤城さん」


 間宮さんは俺の腕辺りをツンツンと突きながら囁いた。なんだろう、三島部長には聞かせられない話……? ダメだろ!

 間宮さんはにっこりと微笑んでいる。かわいい。


「ご飯一緒にどうですか? いい場所知ってるんです」


 俺はちらりと時計を見る。もう13時。お昼の時間はとっくに過ぎてしまってる。間宮さんもまだだったのか。

 うーん、まぁいいだろう。突発の案件は三島部長に任せて俺はランチに行くか……帰りに甘いものでも買ってきて差し入れすればいいだろう。


「いいっすよ。行きましょ」


 間宮さんは花が咲いたような笑顔になるといつもより少し大きめなバッグを持って「行きましょう!」とドヤ顔をした。


***


 間宮さんに案内されて入った店は「ランチスペース」という不思議な店だった。なんでもここでは1時間500円でテイクアウトした料理を食べることができる個室を提供していると言うのだ。


「最近、オフィスのしがらみから離れてランチをしたいけどおひとりさま外食したり並ぶの嫌っていう人が増えているんですって」



 間宮さんは複数人用の個室のドアを開けると「座ってくださいね」と微笑んだ。そうか、ここは料理を提供する訳じゃないから店員が最小限でいいし、バッシング(片付け)だけだから店員もアルバイトでいい。

 それに、一人飯をしたい社会人には嬉しい価格だ。こんなサービスがあったなんて……しらんかった。


「この前、藤城さんが『SNSを使うのであれば常にユーザーやフォロワーの需要を掴んで攻略しましょう』って教えてくださったので最新のオフィスワーカーむけのサービスを発掘したんです!」


 間宮さんの成長は凄まじい。今、間宮さんが運営するカメグラは他社の広報やキラキラ系のOLさんたちが主なフォロワーである。もちろん、間宮さん目当ての男子たちも多いがほとんどが同世代……つまり社会人である。

 となると、間宮さんがターゲットにするのはそう言う社会人、主にオフィスワーカーとなる。

 その論理的な思考を凝らした上で、間宮さんはこの「ランチスペース」を掘り出してきたのだ。本当に素晴らしい。


 ところで、何食べるんすかね?

 間宮さんはずっとドヤ顔だ。なんだろう?


「勘のいい藤城さんならお気づきかと思いますが……じゃじゃーん!」


 間宮さんはバッグの中から小さなバッグを二つ取り出すと一つを俺によこした。あぁ……まじか!

 俺は一気にテンションが上がって鼻血が出るかと思った。これは……


「お弁当……作ってきてくれたんすか?」


「はいっ! お料理頑張ったんです。藤城さんみたく上手くできてないかもしれないですけど……その頑張ったところをみてほしくって」


 あぁ……天使か。

 お弁当箱が透明なタッパーなのは間宮さんらしい。土日、雑貨屋で選ぼう。もともとそのつもりだったし。

 弁当を開けると半分は混ぜ込みご飯だ。鰹節と海苔だな。おかずは唐揚げとちょっと焦げた卵焼き、それからタコさんっぽい切り刻まれたソーセージ。


「やっぱり、藤城さんが昨日作ってくれた夜ご飯に比べたら……」


「いえ! 最高っす!」


 俺はまんまと間宮さんに攻略されてしまった。

 見栄えはともかく家庭的でそれでいて単純で、誰もが一回は食ったことあるバラエティーのおかず。

 何よりも自分のために作ってくれたことが大事なのだ。


 ——ドン


 と俺が感動に浸っているのをかき消す大きな音。視線を音の方に向けるとそこには大きめのビン。ニッコニコの間宮さん。


「このスペースなら存分に辛くできます」


 うっとりした表情で間宮さんはビンに入った俺特製の絡みソースをドバッと唐揚げにかけた。見るだけでも辛い。匂いも辛い。

 だめだ、早く食べて鼻がバカになる前に味わおう。唐揚げも卵焼きもソーセージも見栄えは悪いが味はいい。

 ご飯の方もだ。


「美味しいっす」


「ほんとですかっ?!」


「本当です」


「よかったぁ〜。えへへ」


 間宮さんは後頭部を掻きながら照れ笑いした。


「全部、好物です。俺の母がよく作ってくれてた料理なんす。あ! マザコンってわけじゃなくて、うちの母が料理するのめっちゃ珍しかったんで……親父には悪いけど母親の弁当ってレアって感じですげー覚えてます」


 間宮さんはにっこりと微笑んで


「はいっ! 義姉さんと義兄さんから伺いました!」


 ——?!?!


 間宮さんは満足げに微笑むと激辛ソースをたっぷりつけた唐揚げを頬張った。

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