第37話 帰り道の間宮さん


「いいんですか? 送ってもらっちゃって」


「はい。意外と近いんすね〜2駅分っすけど」


 間宮さんの家の最寄駅から歩きながら俺たちは話していた。間宮さんはあの後ペットボトル一本分の辛味ソースを俺に作らせて満足顔だ。

 

「そうだ、藤城さんがカメグラをやる上で一番大事にしてることってなんですか?」


 おぉ、こんなフランクな感じで超重要なことを質問してくる間宮さん。天然かあざといのかわからんが……うーん難しい質問だ。

 俺はカメグラの中ではそこそこ人気な「偽物さん」というインフルエンサーだ。DMやコメントで主婦さんや料理男子の相談に乗ったりもしてる。

 あぁ……そっか。


「強いて言うならですけど」


 間宮さんが振り返る。振り返っただけでかわいいのはマジでチート。夜でメイクも崩れているはずなのに、何でこんなに綺麗なんだろう。


「俺とカメグラの中の彼は別の人格っすね。なんていうかキャラクターを演じてなりたい自分になるっていうか……俺の身なりじゃあんなにフォロワー増えてないでしょうし」


「別の人格ですか?」


 間宮さんは足を止める。


「ええ、画面の向こう側で求められてるものを提供する。それはありのままの自分じゃなくてなりたい自分でした……料理が上手でちょっとおしゃれでそんでもって手がちょっと綺麗なオシャレ男子。多分、俺の顔や人格を知ったらこんなにフォロワーついてなかったと思います」


 俺は、ずっと産まれながらに綺麗な人に憧れを持っていた。その人が微笑むだけでみんなが笑顔になり、憧れの視線を向けられるような……。

 あと、モテるし。

 でも、俺はそういうことができない人間なんだと学生時代に思い知った。それは容姿のせいなのか、それとも内気な性格のせいなのかはわからない。

 今、社会人になってどんな趣味でも周りが寛容になったし、容姿に関しても努力と清潔感で何とかなっているが……根本の部分は何も変わらないのだ。


 ——だから、顔を隠した俺は【偽物】さん


「そんなことないと思います!」


 とんでもないクソデカボイスで間宮さんが叫ぶもんで、俺は焦って彼女の肩を掴んだ。声がでかすぎません? と小声で伝えると間宮さんがふるふると震えて悔しそうに唇を噛む。

 待って待って! やばいぞ。 はたから見たら俺が俺が泣かせた感じ……いやなんなら襲ってるみたいに思われません?! この状況やばくないですか!


「あっ、すみません。ちがっ……絶対に藤城さんを見て幻滅なんかしないと思います!!」


「それにそれに! お仕事もできるし優しく教えてくれるし何より絶対に……その人の気持ちを聞いてくれる藤城さんは素敵だと思います!」


 間宮さんの肩においていた手を間宮さんが握るとぎゅっと彼女は手のひらに力を込めた。小さくて細い手だけれどとても力強い。

 間宮さんは少し涙ぐんだ瞳でじっと俺を睨んでいる。長い睫毛には水滴がついていた。


「あ、ありがとうございます(?)」


「私、頑張るので……。私みたいな顔だけ頭からっぽ女でも藤城さんにふさわしい子になれるように頑張るので! だから、そんなこと言わないでください」


 んんん?!

 

「間宮さん?」


 思わず彼女の名前を呼んだ。

 間宮さんは「はっ!」と我に返ったように目を見開くと俺の手を離し、とんでもないキレでお辞儀をした。


「おっ! おやすみなさい!」


「ま、間宮さ……」


 俺が話しかけるスキもなく間宮さんはマンションの中へと走り込んでしまった。


 ——ふさわしい子になれるように頑張る?!


 間宮さんそう言ったよな?

 クソデカボイスで投げやりに、でも真剣でまっすぐに俺に向かってそう言ったよな……?


***


 流石に歩きはきつかった。

 深夜の2時、俺は後片付けをしながら間宮さんのことを考えていた。間宮さんが本当に俺のことを……仮に好きでいてくれたとして。俺はどう答えたらいいんだろうか?


 もちろん、間宮さんはかわいいしいい子だ。

 多分、すごく相性もいいだろうし、頑張り屋でいい印象しかない。


 ——でも、俺なんかでいいんだろうか


「学生時代に恋愛しとくんだったなぁ……まじで」


 タバコの煙がふわふわと浮かんで消える。彼女なんてまともにできたことのない俺に超美人との社内恋愛なんてハードルが高すぎるだろ。もはや雲の上レベルだろ。


 ——それに、俺自身……可愛いという見た目以外で彼女を好きと言えるのか?


「俺が陽キャならすぐに告って付き合ってるんだろうなぁ……はぁ陽キャになりてぇ」


 間宮さんと仕事するのは楽しい。その関係を壊したくないから彼女のアプローチに気がつかないふりをするなんて男らしくないよな。全く、男らしくない。そもそも彼女を女性として好きかどうかってのもわからずじまいでもう……情けねぇ。


【間宮さん、よかったら一緒に行きたいお店があるんです】


 俺はMINEを起動して間宮さんに送った。

 流石に、演技であんな顔……させちゃダメだよなぁ……。


【ぜひ! どんなお店ですか?!】


 間宮さん即レス!?

 

【俺おすすめの雑貨店です】


【じゃあ、土日にしましょう! お誘い嬉しいです】


 かわいい犬のスタンプが帰ってきた。間宮さんはもうお休みになるようだ。深夜のMINEに対応してくれるなんて……やっぱ脈ありなのか?

 俺は勢いで初めて女性をデートに誘った。デートって……どうすればよかったんだっけ??

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