第36話 幸せな晩御飯
「これは……?」
小さなソース入れに入った真っ赤なソースを見て間宮さんは首をかしげる。食卓に並んださっぱり系ダイエットメニュー、大根の和風梅サラダと自家製味付け海苔。しらすと豆腐の玄米混ぜご飯には卵黄が乗り、ピリ辛サラダチキンはふっくらと蒸しあがっている。
あまった卵白はわかめスープに入れた。食べ応えがあるのにカロリーが低い。
「それは、間宮さん用味変ソースです」
間宮さんはソースをちょっとだけ舐める。
「わあ?!」
「特製辛味ソースです。ベースは普通の唐辛子ですが、蜂蜜と出汁醤油でコクを出してます。サラダのドレッシングに混ぜてもいいですし、サラダチキンにかけても美味しいはずです」
間宮さんのカップに麦茶を注ぎながら俺は説明する。さっぱり系のご飯にマストなのは「食べ応え」と「腹持ち」だ。ダイエットしたいからといってさっぱりにしすぎるとすぐにお腹が空いて辛くなる。
お菓子食べちゃうのはもちろんのこと、我慢するのもストレスになるから良くない。
「これ、私のため……に?」
「辛いのお好きだっていってたんで……。とりあえず食いましょ!」
間宮さんが手を合わせていただきますと言った。長い髪をポニーテールにして、ぐっと腕まくりをすると混ぜご飯を一口。
「おいひい! これってお豆腐のおかげでカサ増しですね」
ハムスターみたいに頬張った間宮さんの可愛さにやられながら俺も食べ始める。野菜中心だけど、味をしっかりつけているから食べ応えはある。
我ながら美味い。
「藤城さんと結婚できる女性は幸せですね」
「はい?!」
唐突な話に俺の声が裏返る。間宮さんが何を考えているのかマジでわからん。キモい陰キャの男子だぞ?! 何が幸せなんだか。
「そ、そうっすかね?」
「だって、こんな幸せな食卓でご飯食べられるなんて……私、ずっとなかったから」
間宮さんのご実家はなんか地雷的なところがあるんだろうか。うん。なんかやばそうだな……。闇。
「そ、そうなんですか?」
ズズズッと音をたててわかめスープを飲む。間宮さんは辛味ソースをサラダチキンにどろっとかけた。
「うち、両親が共働きだったし……母は料理が苦手で父は毎日外で食べてきてて。高校生になるころにはほとんどお惣菜かコンビニのお弁当で。ほら、失敗した料理なんかよりもずっと美味しいじゃないですか? だから私もそっちの方が良くて……」
おぉ……重いな。
「藤城さんはお父様が?」
「あぁ、俺ん家は親父が元料理人で母親がバリバリのキャリアウーマンなんで父親が料理を担当してて。親父がよく言ってました。料理できる男はモテるぞーって」
間宮さんはクスクスと笑った。
「俺はモテてないっすよ? でも料理できると一人の生活でも楽しいんでほんと……モテないが加速してます」
そう!
陰キャの武器といえば自虐! 逆に自慢できることなんて何もないし? 悲しいけど間宮さんが笑ってくれればそれでOK!
間宮さんは「確かに料理できる男性は素敵ですね」と微笑むとさらに辛味ソースを追加する。
この人は正気か……?!
「年に数回、おばあちゃんの家で家族みんなでご飯を食べたことを思い出しました。並んで同じものを食べて……幸せです」
いや、同じものではないぞ……?
間宮さんが食べてるのは多分恐ろしく辛くなったサラダチキンだし、あぁ……サラダの方も真っ赤になってやがる。
「あはは〜、光栄です」
「藤城さんっ」
間宮さんはいつになく真剣な顔で俺をじっと見ている。やばいぞ……この人、ここに泊まるとか、朝ごはんを食わせろとか言ってくるんじゃないか?
いや、何嫌がってるんだ俺。こんな美人に言い寄られてるとしたらもう千載一遇のチャンスじゃないか?
いや、そんなはずはない。最悪美人局かもしれん。
「は、はい?」
「おかわり……って言ったら食いしん坊な女の子だって思いますか……?」
もじもじしながらお茶碗を差し出す間宮さん。俺の期待はどこへやら、間宮さんは死ぬほど恥ずかしそうな顔をしている。
なんだろう、すごくその……こっちまで恥ずかしくなる。
「えっと、思いませんし! いっぱい食べる女の子は好みです!」
訳のわからない返答をした俺は間宮さんのお茶碗を受け取るとキッチンへと急ぐ。絶対嫌われた、キモいって思われた……やっちまった。
ってか、俺はお母さんかな?!
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
間宮さんは真っ赤なまま俺からほかほかのお茶碗を受け取るとぎゅっと箸を握って
「私、結構いっぱい食べる女の子ですよ」
と呟いたと思う。聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だった。いや、これは俺に向けて言ったのか? 独り言か?
「今日はフォロワー10万人記念っす。たくさん食ってください」
無難な返しだ。
俺は自分の情けなさを誤魔化すように辛味ソースをサラダチキンにかけた。びっくり顔の間宮さんに「同じもの食わないと」と言い訳をすると間宮さんはパッと咲いたような笑顔になった。
普通の男なら彼女に「好きだ」と伝えるんだろうか。でも、きっと俺はそれができない。そもそも恋愛経験なんてほとんどないし、間宮さんは俺なんかが手にしていいレベルの女子じゃないし。
「うわっ、間宮さんまじで平気なんすか?」
「ふぁい! おいひいれす。これ余ってませんか?」
「いつでも作って渡しますよ」
「えへへ〜、お願いします!」
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