第34話 美人広報インフルエンサーになる


「まじっすか……」


 俺の目の前にあるのは近くのデパ地下で買ったガパオライスだ。アジアンな感じの容器に入ったそれは一見、なんの変哲も無いガパオライス。目玉焼きやちゃんと半熟だし、スパイスの香りもいい。


「これ本当に辛いんすかね?」


「はい、ネットで見つけたんですが……どうも怖くて。ほらっ、藤城さんこの前激辛ラー油トッピングしてたじゃないですか? だからほら大丈夫かなって」


 そんなこといいながら間宮さんはパシャりとお弁当の写真を撮った。

 まぁ、そこそこ辛いものは好きだけどうーん俺も怖いぞ。東南アジア系の辛さはえげつないからな……。昔トムヤムクンを食べて、翌日死にかけたことがある。


「いただきます」


 俺の食べるようすを間宮さんが大きな目で見つめてくる。ほろほろの鶏ひき肉に目玉焼きを崩して混ぜる。魚醤の香りは本格的で米には玄米が混ざっているようだ。健康志向でいいな。

 口に入れた瞬間広がるのは魚醤の香り、ほんのりパクチーも。ぷるぷるした卵の食感も良いし、ご飯に合う味だぞ……?

 と思った時だった。ビリビリとしたが痺れ、口内を刺激し始める。無理やり飲み込んで……鼻で息を吐くと鼻の粘膜ですら悲鳴をあげる。


「ううう〜からいっ」


 間宮さんが差し出した水を急いで飲んで、あまりの辛さに咳き込んだ。


「そんなに辛いんです?」


「間宮さん、これはやばいっす。激辛どころの騒ぎじゃ無いっす」


 でも、辛さが落ち着くとこの挽肉の旨味に惹かれてしまう。あぁ、食いたいのに怖い。なんつー食いもんだこれは。


「一口いただきますね」


「間宮さんやめっ……」


 と止める間もなく間宮さんは俺の弁当を取り上げると一口、二口とガパオライスを頬張った。自殺行為である。

 というかもう間接キスにもなれたもので、間宮さんは何の躊躇もなくパクパクと食べる。


 ——パクパク食べる……?


「辛いの大丈夫なんですか?」


「あっ、こういう辛い系は大丈夫っぽいです。からしは苦手なんですけど……、美味しいですっ。次はこれをたべよーっと」


 間宮さんは顔色ひとつ変えずにペロリと唇を舐めて満足そうに微笑んだ。そして、


「木内さんと何をお話しされてたんですか?」


「あぁ、こっちの話ですよ。さっきはエレベーターで会ったのでアプリゲームの話を。たまたま共通のアプリがあって……」


 間宮さんは「アプリですか?」と聞き返してくる。間宮さんみたいなリア充はやらないだろうなぁ……。キモい! とか思われたらどうしよう。

 

「私、アプリとか疎くて……藤城さんはやっぱりそういうのが好きなんですか?」


 そういうのってなんすか?!


「まぁ、アプリとかゲームとかには興味ありますね。一応、エンジニアしてるんでそういうバーチャル的なものとかシステム気になっちゃったりしますし……まぁヲタクって部類です」


 間宮さんはぎゅっと眉間にしわを寄せる。俺はドキドキをごまかすようにガパオライスを食べる。辛い。でも、うまい。


「そういう女の子が好きなんですか」


 やばい、多分二次元にしか興味がないと思われてるぞ……。

 否定しないとやばいやつ認定される!


「へっ?! 一応、普通の子が好きです!」


 間宮さんは悲しそうに眉を下げた。えっ……俺は二次元好きであるべきでした?! 


「やっぱり、木内さんみたいな大人しそうで可愛くて……でも可愛すぎない普通の子が好きなんですね」


 はい!?

 間宮さんがジト目で俺を睨んでいる。そもそも、死ぬほど木内さんに失礼だし、俺が木内さん好きだなんていいましたっけ?

 まじで間宮さんの思考回路が意味不明だ。ガパオライスに酒でも入ってたか?


「俺が好きなのはそうだなぁ……容姿とかじゃなくて中身がいい子です。あと、木内さんは素敵な子ですけど好きとかそういうんじゃないっす」


 この答えでよかっただろうか。

 ただ一緒に働いているだけでもいじめだの気まずくなるだのあるのに社内で恋愛なんてしようもんならトンデモない面倒事になると俺は思う。

 そもそも、うちの会社は女性が多いからすぐに噂なんて回ると思うし。


「そ、そっかぁ」


 間宮さんは安心したのか肩の力を抜くとおばあちゃんみたいにゆっくりと息を吐いた。可愛い。

 

「べっ……別に? それならいいです。それでは? ごゆっくり!」


 間宮さんはいきなり慌て出すとワナワナと変なことを口走ってオフィスへ戻ってしまった。


 ——まさか、俺間宮さんにアプローチされてる?!


***


 ガパオライスの辛味に慣れてくるころにはもう弁当の残りは少なくなっていた。スマホをいじりながら1人で食べるランチは久々だ。

 基本的には隣に間宮さんがいたし、間宮さんとランチに行くことが多いし。まあそれも充実して良いがこういう落ち着いた時間も俺は好きだ。


「ん、きのこ鍋の店すげ」


 間宮さんが起こした一大ブームはとても大きなものになっていた。俺たちが言った店は大繁盛、多くの若者がSNSに投稿したことで「きのこ鍋」そのものがトレンドになった。

 そこから様々な取材や代理店があの店に問い合わせ、大手のスーパーや食品メーカーとのコラボだったり、グルメ番組の取材やテイクアウトの業務提携やおうちで作れるレシピ本の販売まで計画されているようだった。

 

 まとめサイトを見ながら俺はすごく嬉しい気持ちになる。社内エンジニアは頼まれた仕事をやるだけで特に実感はない。営業部の奴らが達成感を感じているのを横で見ているだけだ。

 社会人になって初めて……仕事して嬉しいなと思えた。


【伝説のミス 間宮ユリカさんが広報になっていた!】


 紐付けされた記事を見て俺は思わず吹き出しそうになった。間宮さんは元ミスコンだからある程度の有名人だ。けれどSNSを全くやっていなかったこともあり「伝説の存在」になっていたようだ。

 このきのこ鍋のトレンド入りで一気に「間宮ユリカ」の名前も知れ渡り、彼女が伝説のミスであるとネット上で広まったのだ。


「これがあったからフォロワーが増えたのか……」


 間宮さんは立派なインフルエンサーになっている。

 これは次のステップに進んでもいいかも知れない。

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