第33話 美人広報インフルエンサーになる
喫煙室からエレベーターまで向かっていると、見慣れた顔の女性が俺に話しかけてきた。手にはコンビニの袋。
「あ、お疲れ様です」
木内さんは俺に会釈すると「ご飯ですか?」と声をかけてくれる。同期なんだけど俺たちは死ぬほど他人行儀だ。
木内さんはおとなしい感じの女の子だが服装は意外と最近っぽいというかとてもおしゃれだ。
「いえ、タバコで……。いつもコンビニ飯なんすか?」
「はい、外食は苦手で……。それにデスクで動画見ながら食べるのが好きなんだ。あっ……ユニくんだ」
木内さんは俺のスマホの画面を見て言った。「ユニくん」というのはアプリのキャラクターで今界隈では一番人気のキャラだ。男性キャラだけど、とにかくユニくんはかっこいいし映える。
シルエットの画像なのに木内さん……よくわかったな。
「あっ、ばれました?」
「その画像の絵師さん好きで……マジワンやってるんですか?」
マジワンというのは「マジカルワンダーパニック」というアプリゲームだ。魔法使いの男の子たちを育成して遊ぶゲームなんだがストーリーがかなり本格的だ。
「俺のエンジニア友達が開発に関わってて……半強制的に始めたらハマっちゃって」
木内さんは職場では見せないような嬉しそうな表情で
「フレンドになりませんか? 私、結構ガチ勢で……」
「俺もガチ勢」
エレベーターの扉が開く、オフィスまで木内さんとマジワンの話でだいぶ盛り上がった。木内さんはあんなに綺麗な感じなのにヲタク女子で、しかもゲームも結構なガチ勢だ。
「じゃあ、後で送りますね」
「はい、お疲れ様です」
木内さんは営業部の方に、俺は開発部の方へと歩く。開発部の島には難しい顔でパソコンに向き合う間宮さん。あー、今日も可愛い。
「間宮さん、お待たせっす」
「あっ、藤城さん。緊急ミーティングだったんですよね? すみません邪魔しちゃって……。ハッシュタグ考えていたんですけど……全然うまくいかなくて」
緊急も何も連れられただけで、問題はなんだかんだ解決できたから大丈夫。問題ない。ただ精神的にはとっても疲れた。
「うーん、確かにどれもありきたりかもしれません。個性的かつ親しみやすいのがいいと思います。みんなが気軽に投稿できるような……」
間宮さんは眉を八の字にして俺を見ている、可愛い。けど、確かにハッシュタグを作るのって難しいんだよなぁ。
「間宮さんが一番これだ! って思ったのはどれっす?」
間宮さんはうーんと唸りながら画面とにらめっこする。
「#間宮さんのおすすめランチですかねぇ?」
確かに、なんかラノベのタイトルっぽくてヲタクに刺さりそうだな。でも悲しきかなカメグラのユーザーはヲタクじゃないんだなぁ……。
「間宮さんの名前だすとインフルエンサー感が強くなるんでもっと抽象的にしてみるのはどうでしょう? あっ、でもちゃんと間宮さんの名前を使ったハッシュタグも使います。つまり二つにわけてみるんです」
間宮さんは首をかしげる。可愛い。
そういえば、間宮さんは今日新しいイヤリングをつけていた。キラキラと光を反射する青い宝石がいくつか垂れ下がっていて揺れている。
あぁ、こういう時慣れた男なら自然に褒めるんだろうなぁ……。でも俺なんかに褒められても嬉しくないだろ。
「例えばですけど#広報女子のオススメランチ、#間宮さんのイチオシの二つに分けたとしましょう」
間宮さんはメモを取り出す。
「間宮さんを発端に日本中の広報の子達がこのハッシュタグでオススメランチを投稿しやすくなります。間宮さんが行ってないお店でもです。なので、間宮さん自身も参考にしやすいし、広報さん同士での話題にもなるんじゃないでしょうか」
間宮さんはキラキラした瞳で微笑んだ。
「で、間宮さんが行った証として#間宮さんのイチオシの方を使います。こっちは広報以外の普通のOLさんやフォロワーさんが使いやすい、いわゆるインフルエンサー側としてのハッシュタグっすね」
こういう名前入りのハッシュタグを作ることでファンが真似をして投稿してくれたりして名前がどんどんと広がっていくのだ。
メンションよりも使いやすく、親しみやすい。
「それに、多分ですけど同じ広報の人ってライバルでもあると思うので名前つきのハッシュタグは使ってくれないような気がしたんすよ」
まぁ、女の子が多い仕事だし……あんなトラブルを見た後だとは口が裂けてもいえないけど……。
彼女がインフルエンサーになる上で必要なのはやっぱり親しみやすさと思いやりだと思う。間宮さん自身にはきっとそれらが備わっているけど、プロデュースしてる俺が忘れちゃならない。
「おぉ! 確かに、一つに絞らずに分けて作るのがいいですね。さすが藤城さん」
とハッシュタグ問題が解決したところで恥ずかしながら俺の腹が大きな音を立てる。
間宮さんは恥ずかしそうに腹を抑える俺をみてニヤリと微笑むとぐっと近寄ってきて俺の顔を覗き込んだ。
「藤城さん、ご飯まだなんですか?」
いたずらを思いついた子供のような顔で間宮さんが俺を問い詰める。
「あ、はい」
さっきまですっかり忘れてたけど昼飯食い忘れてた。
「忘れてたっす」
「ダメですよ! 不摂生しちゃあ」
間宮さんは俺を立たせるとオフィスの外へと引っ張り出した。ケツポケットに財布を入れる主義でよかった。ってか間宮さんもうランチ終わったんじゃ?
「ま、間宮さん?」
「おすすめのお店のお弁当食べませんか? 気になってるんですけど……ちょっと食べるのが怖くて……ほら藤城さん辛いのお好きですよね?」
——これは、嫌な予感
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