5 別人格を作るべし!

第32話 社内いじめ


「えっと、どうしたんすかね?」


 俺をMTG室に押し込んだ木内さんは結構焦った様子だ。一応同期だから研修期間何度か話したことがある程度だ。配属は別々だったし、木内さんはすぐに営業の方の女の子たちといたはずだ。

 確か、荷物がすごく多くて軽食会の時にお手拭きをくれたメチャクチャ家庭的ないい子だ。


「あの……これ。藤城くん、青木さんと話してたよね?」


 青木凛。いじめの告発者だ。


「あぁ、その件か。まぁそうっちゃそうだけどあんまり詳しいことは話せなくて」



「私、あんなこと望んでない。だからやめにできないかな」


「ちょっと待って、それ人事と法務には話した?」


 木内さんはふるふると首を横に振った。「あんなこと?」俺はあの青木凛との話し合いをしてから一切この件に関わっていない。青木凛があのSNSアカウントを削除したのを見届けたくらいか。


「ううん、私は何も聞いてないけど……なんか、最近変でさ。リーダーと先輩たちが営業事務のアルバイトに降格になるって。それで、青木さんが新しいリーダーになって……私は新しく新設されるマーケ課2部のインフルエンサー係のリーダーになることになったの」


 おぉ?!

 なんか話がややこしくなってきているような……。


「私、なんでこんなことになっているのかわかんなくて……。仲良く仕事していたと思ったのにこんなことになるなんて。藤城くん、青木さんから何を聞いたの?」


 木内さんは焦った様子だった。

 なんでも自分は先輩たちの雑用をコツコツのこなすのが楽しくて、今の環境で働くことが好きだったそうだ。

 木内さんはいじめられてたんだよな……? なんか、とっても闇が深い気がするんだが……。


「まって、木内さん。人事と法務と話してもらえますか? 俺からはちょっと言える案件じゃなくて」


 木内さんは不満そうに眉を寄せたが「ごめんね、変なこと言って」と俺に頭を下げた。俺はなんて言っていいかわからず「俺こそごめん」と謝るしかできなかった。


 ——あー! 気になる!


「木内さん、聞いてもいいかな。働いていてさ嫌だなって思うことあったっす?」


 木内さんは不思議そうに首をかしげる。本当にこの子はいじめに遭っていたんだろうか?

 まてよ……。俺、とても大事なことを見逃していたかもしれない。


「木内さん、お酒とか……飲めます?」


「私、お酒すごく弱くて……あんまりかな。どうして?」


 ——お酒が弱いってだけじゃ……


 俺の頭の中にめっちゃ昔の記憶が蘇る。新卒時代に、おとなしかった木内さんと俺はよく懇親会の端っこの方に追いやられていた。彼女はいつもお手拭きを俺にくれて……タイミングよくテーブルを拭いてくれて……


「つかぬことをお聞きしますが……」


 俺の質問に木内さんは顔を赤くするとすごく小さな声で言った。


「はい、私潔癖症で……その飲み会とかは全部パスしてるんです。でも先輩方は優しくて私が断っても優しくしてくれていたんです。でも……」


 木内さんは「言わないでね」と釘を刺した上で


「青木さんからは辛くあたられてて……先輩たちと私の仕事が評価されるたび青木さんは私に辛く当たるようになったの。でもね、青木さんって全然仕事しないし……それにずるいことしてたから嫌われてて……」


 あぁ……これ三島部長にめっちゃ怒られるやつ!


【(俺) すんません! 例のマーケ課いじめ事件でお話があります】


***


「つまり、青木凛が嘘をついていたってことかな?」


 人事の質問に俺は「すんません、この画像を見てください」と言った。画面に映し出したのは青木凛がSNS上にのせたグループMINEのスクリーンショット画像だ。

 

「何がおかしいっていうんだい?」


 法務のおじいちゃんは不思議そうに画像を見つめる。


「加工後の画像をスクリーンショットしてわかりにくくしているものでした。加工されているのはここ……青木凛さんとされるアイコン画像です」


 このいじめMINEは「木内さん」に対する悪口ではなく「青木凛」に対する悪口だった。


「だとしても、雑用を押し付けられていたのは木内君だろう?」


「いえ、木内さんに確認したところでした。木内さんは雑用なんかのコツコツ作業が好きでよくもらっていたそうです」


 三島部長が「それで?」と相槌をする。


「青木さんは自分が昇進するためにマーケ課のいじめ問題を作り上げ、木内さんを仮の被害者にして告発することで自身のポジションを優位にしようとした……じゃないっすか青木さん。木内さんは自ら飲み会にはいけないと断っていた。つまり、この飲み会をハブにしたってのは木内さんじゃ成り立たないっす」


 俺の発言を聞いて青木凛はもうダメだと思ったのか泣き出した。


***


「いやー、まさかわざと自分でいじめを誘発した上で仮の被害者を作り、告発者を装ってチームを壊すとは……恐ろしいねぇ」


 喫煙室には俺と三島部長の2人きり。

 どっと疲れた俺たちはもう3本目のタバコだった。追い詰められた青木凛は全部自分の悪事をゲロッた。

 青木凛があんな問題を起こしてまで昇進したかったのは


 ——クライアントと寝ても仕事が取れなかったから


 だそうだ。

 青木凛は減給。そしてアルバイトに降格をその場で告げられていた。いじめMINEが流出した他のメンバーに関してはいじめを行ったことは事実なので営業事務への移動は変わらない。

 ただ、青木凛がいなくなることでマーケ課は新しい体制を考え直すことになったそうだ。


「女性って怖いっすねぇ」


「あぁ、嫁になるともっと怖いぞ。まるでライオンさ」


 三島部長は大きくため息をついた。やっぱり、群れる女ってほんとうに怖い。その分、間宮さんは1人でいる時間もしっかり仕事してるし、真っ向勝負するタイプなのも好感だ。


【(間宮) 藤城さん! ご相談です! どこにいらっしゃいますか!】


 間宮さんからのチャットだ。

 そういえば、ハッシュタグの件投げっぱなしにしてたっけ?

 ずーんと重かった気分に光が射したような気分になる。間宮さんの圧倒的光属性を浴びて浄化されたいぃぃ。


「部長、先に戻ります」


「ん、頼んだよ」


 今日は散々だったなぁ……。間宮さんと仕事して心を癒そう。


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