第31話 残念美人は恋下手
藤城さんと一緒に仕事をするたび、私に興味を示してこない藤城さんが不思議で不思議でたまらなかった。
顔を赤くすることはあっても絶対にアプローチしてこないし、何より最近では私に慣れてきたのかワナワナすることも少なくなってきた。
もしかして、女の子に興味がないとか……私の顔が生理的に受け付けないとかなのかな?
「間宮ちゃん、藤城が気になってんでしょ」
「えっ?! は、原川さんっ」
集中スペースで足を組み、優雅にコーヒーを飲む大人のお姉さん……デザイナーの原川さんだ。藤城さんと仕事をする機会が多いとかで会社PR動画の撮影に協力してもらった。
おしゃれで余裕があって……最初は怖いと思っていたけど話してみればすごく優しくてカッコいい人だ。
「バレバレよ。ぼーっと見つめちゃってさ。わかるよ〜あいつってめっちゃ陰キャだけど仕事はできるし誰よりも人のこと考えてるし」
原川さんは足を組み替えると
「あいつ、多分ちょー奥手だから間宮ちゃんからグイグイいきなよ」
慌てる私に原川さんは続けた。
「好きな子のアプローチを待って逃すのが一番悲しい。たとえ嫌われてしまったとしても気持ちを伝えることが何よりも大事。32歳になってようやくわかったわ。はぁ〜」
綺麗なネイルをカチカチと鳴らして原川さんはため息をついた。すごく綺麗な人だ。それに、私なんかよりもずっと実力があって自立していてきっと夢だってあるんだろう。
「とはいえ、藤城のどんなとこがいいの?」
「えっ?! えっと……や、優しいところ……?」
「ほーら、やっぱり気になってるんじゃん。ふふふ、じゃあ今晩空けといて。藤城も誘って飲みに行くわよ!」
原川さんに一本取られた私は恥ずかしいような嬉しいような気持ちでお辞儀をするとパソコンを抱えてオフィスに急いだ。
***
——私、お酒弱いんだった
浮かれた気持ちでシャンパンを飲んでしまった私はかなり酔った状態で店を出ることになったみたいだ。気が大きくなって藤城さんの腕に寄っかかった状態でタクシーで寝てしまったのだ。
藤城さんは柔軟剤の香りがする。家事ができるからきっと毎日洗濯してるんだ。
「間宮さん、お水のめます?」
藤城さんは私をベッドに座らせると優しく聞いた。私が飲めると返事をすると彼はあたたかい白湯を準備してくれた。
白湯がじんわりと喉の奥に広がって気持ち悪いお酒の匂いをかき消してくれる。ゆっくり、ゆっくり視界が戻って……心配そうな藤城さんの顔が薄明かりの中に見えた。
部屋に男の子を入れたのは藤城さんが始めてだ。私はずっと彼氏がいるフリをしていたから。ミスコン時代に嫌という程悪い男に引っかかる仲間をみて誰も信用できなくなってしまったから……顔だけしか取り柄がないのに体まで軽くなってしまったら本当に何もなくなってしまう気がしたから。
——緊張する!!
藤城さんは「まだ顔が赤いっすね」と小さな声で言った。
違う……酔ってるんじゃなくて私……好きな人とお部屋で2人っきりで緊張しているんです!
「何か買いに行きますけど、いりますか?」
藤城さんは私の部屋のキッチン周りを覗いてから提案してくれた。女の子の部屋なのに可愛いものもないし、生活感のあるものもない。料理道具や食料もない……恥ずかしくて顔から火が出そう。
——あっ、冷蔵庫の中に超昔のプリンがあったかも……
立ち上がろうとする藤城さんの袖を思わず掴んだ。冷蔵庫を空けなくてもいいように何か買ってきてもらうのがいい……。
「おみそしる……。あさごはん……。あと」
私はまだ酔っているみたいだ。我慢できない。
気持ちを抑えることができない……。もっと藤城さんのそばにいたくて、もっと優しくして欲しくて……どこにも行って欲しくないと思った。
私が袖を掴んでいるせいなのかはわからないが藤城さんは少しだけ困った顔をしている。やっぱり、私のことは女性として見れないのかもしれない。
そりゃ、藤城さんにだって好みはあるだろうし……私みたいな顔だけ女は嫌いだって思っているのかもしれない。
——好きな子のアプローチを待って逃すのが一番悲しい。たとえ嫌われてしまったとしても気持ちを伝えることが何よりも大事
原川さんの言葉が私の脳裏をよぎった。ここで嫌われてしまうなら、面倒な女だと思われてしまうのなら言ってしまおう。
「あと、一人にしないで」
絞るように出した声は彼に届いただろうか。少しだけ距離が開く。勇気を出して藤城さんを見上げてみる。藤城さんはポーカーフェイスのまま……だけど少しだけ優しい表情で私を見ていた。
酔ってるのかな……藤城さんも顔を赤くしている。ほんのりと香る柔軟剤の香り。私なんかよりずっと女の子みたいだ。
「えっと、戻ってきます。ちゃんと戻ってきます」
藤城さんの優しい声が耳に響く。
私は彼に促されてベッドに横になった。
藤城さんは財布を探すためか一旦ベッドの脇に座るともぞもぞとポケットを探り財布を確かめる。帰ってくるとの意思表示をして私を安心させるためか他の荷物を床に置く。
——なんで、ちゃんと言えなかったんだろう
藤城さんの背中を見ながら思う。
私に気を使って、仕事でもないのに私の希望を聞いてくれて、それなのに見返りを求めてこない。
言葉よりも前に体が動いていた。立ち上がろうとする藤城さんの腕をぐいっと掴んで引き寄せる。
そのまま唇を押し付けるようにキスをした。好きだと言いたいのに何も言えず悔しさのあまり私は藤城さんの肩をバシバシと叩く。
その後すぐに恥ずかしすぎて私はベッドに潜り込む。
——やっちゃった! うううう〜!!
酔っていたで片付けてくれるだろうか?
やばい、はずかしい! 私……どうしよう!!
しばらくして藤城さんが出て行く音がした。しっかり玄関の鍵をかけてくれて、彼が戻ってくる前に私は眠りについてしまった。
翌朝、私が起きる頃には部屋中にいい香りが漂っていた。藤城さんが私のリクエストした朝ごはんを作ってくれていたのだ。
キスのことには触れず、むしろ上がり込んでごめんなさい的な雰囲気を醸し出したまま藤城さんは帰ってしまった。
私がお酒を飲んでいて、酔っ払いだと思われていたことが不幸中の幸いだった。私もキスのことは覚えていないフリをする。
困っている藤城さんに申し訳ないと思いながら、また笑顔を作る。
——どうやって伝えようか
関係を壊さず、それでいて振り向いてもらいたい。アプローチする側は初めてだけど……藤城さんは許してくれるかな。
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