第30話 憧れのひと
初めてのランチ、藤城さんはほとんど目を合わせてくれなかった。私に興味がないのか、それともとてつもない人見知りなのか……でもちゃんと会話はしてくれたし、私は「偽物さん」と話していると思うだけでも心が躍った。
藤城さんに相談をした私はただSNS運用について命令をされると思い込んでいた。いつものように私の「顔」を使ってこうしてくださいと言われるんだと思っていた。
けれど、藤城さんは……
「じゃあ、大きな目標を決めちゃいましょう。間宮さんはどういうSNSを作りたいって思ってますか? さっき作ってくれてた表見ながらでもいいんで〜」
——えっ、私の思い?
藤城さんは最初に私の「気持ち」を聞いてくれたのだ。私がどうしたいかと彼はさも当然かのように尋ねた。
私なんかよりもSNS運用に慣れているはずの彼が、私に聞いてくれたのだ。
「フォロワーで言えば10万人以上がいいです」
私は初めてのことに困惑しながらも藤城さんを困らせたくなくて必死で頭を回転させる。
でも、私の口から出てくるのは「優秀な広報像」であって私の気持ちじゃなかった。私はなんて答えたらいいんだろう?
藤城さんは真剣に考えながら私とパソコンの画面を交互に見ている。私に媚びて落としてやろうとかそういう感じじゃなく私を1人の先輩として見てくれているのがわかった。
「プライベートというよりはご飯や仕事関係、会社のPRがメインで」
「できれば顔出しOKな社員さんのインタビューとかを会社HPのブログでやりたいので紐付けしてSNSから誘導できるようにしたいです」
私がどんどん要望を出しても藤城さんは否定しない。私の言葉を聞き逃さずにメモを打ち込んでいく。
受け入れてもらえているのかな……?
——私の気持ち、伝えないと……きっと失礼だ
私は必死に考える。私はどんなSNSを作りたいんだろう? 私はどんな広報になりたいんだろう?
藤城さんは言葉に詰まる私を見ている。その目は優しくて、欲のない目だった。
「一番は……SNS運用と楽しくしたいんです!」
思いつきだ。
思いつきでいいんだ。だって私の気持ちは……楽しく仕事をしたいと思ったんだから。
でも、藤城さんはどう思うだろう? 変な子、痛い子って思ったかな?
私は恐る恐る彼の顔を見る。
「今の仕事って楽しくないんすか?」
藤城さんは心配そうに聞いてくれた。
いや、そうじゃない。ネガティブな子って思われちゃったかな……それとも仕事が全くできてないやばい子って思われたかな……。
私の悪い癖だ、すぐに涙がこみ上げそうになってしまう。だめ、藤城さんに嫌われたくない。
ぐっと涙をこらえて私は藤城さんに真実を伝えようと勇気を絞り出す。
「えっと……私はその今は何もできてなくて。社長や経営陣が出した発表をそのままライターさんにお渡しして、最終チェックだけして入稿する。イベントの司会の台本だって……全部。他社の広報の人に比べると私は顔だけのお飾りなんです」
声が震える。藤城さんは心配そうに私を見ているだけだった。
空気が重い、こんな時私はいつも笑顔で乗り越えてきた。だめ、甘えたくないのに……かっこ悪い自分を見せたくないのに。
私は笑顔を無理やり作る。誤魔化すためにペットボトルの水を飲む。
藤城さんはふっと短く息を吐くと私の顔をちらりとみてパソコンの方に視線を戻す。
呆れた……よね。私みたいな空っぽの顔だけ女。
カタカタと藤城さんがキーボードを叩く。そして彼は私に笑顔を向け、藤城さんのパソコンと繋がったモニターを指差した。
【間宮さんが楽しみながら成長できるSNS運営】
そう書き換えられたタイトルを見て私はとても嬉しかった。今ある私の能力じゃなくて……藤城さんは私がやりたいことを聞いて私の気持ちを聞いてくれて、それで私を成長させてくれる。
藤城さんは不器用に笑顔を作っている。私も自然と笑顔になる。
——この人しかいない
***
やると決めたらやる!
今までの人生の中で初めて出会った私を大事にしてくれる人を逃しちゃダメ、私!
私は自分を鼓舞して藤城さんへの人生初のアプローチをすることにした。頭をフル回転させて……
——とにかく、藤城さんがどんな人なのか知るために側にいよう
藤城さんは本業エンジニアさんだからかパソコンに向かって黙々と仕事をしていることが多い。2時間に1回は喫煙室に降りていってタバコを吸う。
コーヒーはさっぱり系が好きで甘いのはちょっと苦手。でも行き詰まるとオフィスチョコを買ったりもする。
真面目っぽい性格だからか仕事中にスマホは触らないし、雑談もほとんどしない。
あと、素材はいいのにオシャレには全く興味がないみたい。だいたい同じ色の服着てる。私が話しかけると少し赤くなったりするけど……変に誘ってくることもないし、女っ気もない。
「あ、更新してる」
ベッドの上で「偽物さん」ページを眺める。いつも通りのレシピ付き料理の写真と綺麗な手が写り込んだ写真だ。
私はどんどんと藤城さんが気になっているみたいだった。
——でも……どうやってアピールしたらいいんだろう?
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