間宮さん視点 美人の苦悩を思い知れ 

第29話 美人はつらい

 私はいつだって「顔だけ」と呼ばれてきた。

 小さい頃からずっとずっと私を見た人たちは


 ——可愛いお顔ねぇ


 ——人生得よ


 物心がつく頃には【間宮ユリカ】という名前が一人歩きをしてクラス替えのたびに嫌な思いもした。誰もが好奇の目を私に向ける。私のことを好きになってくれる子は男女に限らず全員「顔が可愛いから」という理由だった。

 誰も私の中身なんかに興味はないのだ。私の容姿ばかりが先歩きして私の心はずっと置いてけぼりだった。


 でも、だからこそ私は笑顔でいなければいけなかった。


「そんなことないよ」


 といえば嫌味だと罵られ、いじめにあった小学生時代。小学生の頃は男の子も好意を表さないからクラスの空気の流れでいじめが始まると誰も助けてくれなかった。女の子の嫉妬を買わないようにするのが大事だと私は学んだ。

 だから、人よりも可愛いものは持たないようにしたし、おしゃれなんか興味ないってふりをしたりもした。


「ありがとう」


 と肯定すれば調子に乗ってる、やっぱり性格が悪いと嘲笑われた。中高生の時、私に女の子の友達はいなかった。SNSで「可愛い子の隣にいると便利だから」と呟かれたのがトラウマになった。

 私に告白してくる男の子たちが裏で「誰が女神を落とせるかゲーム」をしていたのもトラウマになって男性も信用できなくなってしまった。


「美人って得だよね」


 大学生時代は私の容姿に群がる人が多かった。サークルの勧誘もミスコンの主催も全部、全部私の容姿が目当てだった。裏でバカにされていても気づいていないフリをするためにSNSに疎いキャラを演じた。


 こうして私はずっと頭の中を空っぽにして笑顔を作ってバカな子を演じて、与えられるものを受け取るだけの生活をすることに慣れてしまったのだ。


「君、顔はいいんだけど心がこもってないんだよねぇ」


 某テレビ局のアナウンススクールで講師に言われた一言が私の心に刺さったのを今でも覚えている。私は……からっぽだったから。

 もちろん、選考は落ちた。別に、アナウンサーになりたかったんじゃない。ミスを取った人の就職先の多くがアナウンサーだったからそこを選んでみただけで私の希望なんかじゃなかった。

 社会に出るということは、顔だけでからっぽの私には難しいと知った出来事だった。


 やっとのことで見つけた就職先はベンチャー感の強い広告代理店。

 最初は営業事務をしていたけれど、【見栄えがいいから】という理由で専任の広報のポジションをいただいた。

 私は社会で認められた気がして嬉しくて……でも


 ——うーん、間宮さんは立っててくれればいいから

 ——あぁ、文章はライターさんにやらせよっか


 社長は会社のためを考えて言っているのはわかっていたけど……でもショックだった。やっぱり私には容姿しかない。私の中身も能力も必要とされないんだと再認識した。

 私はだからまた、ニコニコすることにした。頭の中を空っぽにして、容姿のおかげで与えられる得をありがたく受け取ってそうやって生きていくしかないんだ。期待なんてしちゃダメだ。


「偽物さんって顔出しも声出しもしてないのに本当に人気あってすごいなぁ」


 毎晩寝る前に見るSNSチェック。

 SNSは容姿の良さがダイレクトに求められる気がして嫌いだった。そもそも心がない私が投稿する内容なんてなかったから。


 私の推しは人気カメグラマーの「偽物さん」。手の大きさを見ると多分男性で、20代くらいかな? 細かい料理のレシピやおしゃれなお店の写真を投稿するインフルエンサーだ。

 イケメンや美女がはびこるカメグラの中で顔も出さず声も出さずそれでも自分の実力と能力だけで人気を掴んでいる偽物さんは私の憧れだ。


「でもきっと……偽物さんも私を見たら……」


 私に向けられる人々の好奇の目を振り払うように瞼を閉じる。


***


「えっ……この方って藤城さんなんですか?」


「うん、そうだよ。ちょっと取っつきにくい感じがするけどいい子だからねぇ。アドバイスもらうといいんじゃないかな?」


 三島部長は開発部門の人でとても優しそうなおじさまだ。会社でSNSを運用するという私の企画を挙げた時、開発部門にも協力してもらおうと思って相談して正解だった。

 開発部門の中で唯一毎日出社している下っ端の若い男性社員・藤城悠介。ぱっと見、大人しそうな男の子だけど


 ——藤城さんが、【偽物さん】……!


 憧れの人を目の前に私はドキドキする胸を抑えるようにして彼に話しかける。


「ちょっと手伝って欲しいことがあるんです!」


 藤城さんは目を見開いて驚いた様子だった。彼の顔がどんどんと赤くなっていく。そして藤城さんは私から目をそらしてしまった。


 嫌われちゃった?

 やっぱりDMでお話した方がよかったかな?

 どうしよう……怒ってる?


 ——でも、感じない


 私は自分の席に戻りながら嬉しくて嬉しくて口角が自然と上がる。

 藤城さんは私が無理やりランチに誘ったのに、をしなかった。私の容姿なんて興味ないって感じで……なんならランチにいくのを嫌がった?


 私は藤城さんと初めて話した時、直感した。


 ——藤城さんと仲良くなりたい


 でも、どうやって仲良くなったらいいんだろう?

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