第27話 美人広報トレンドを作る!

 

「いやー、うまかったっすね。キノコ鍋」


 俺と間宮さんの会話を聞いて興味津々の三島部長に写真を自慢して魚介系の出汁は何を使っているのか店主に聞けばよかったと俺は心底後悔した。

 食材的には全然自炊でも集められるものだったし、締めのきのこリゾットはなんとも絶品だった。

 

「次は三島部長も行きましょう」


 間宮さんは


「おじさんが入っても恥ずかしくないかい?」


「店内はこんな感じっすね」


 三島部長は「落ち着く雰囲気でいいねぇ」と目を細めると嫁も好きそうだと言った。確かまだ娘さんは小さかったはずだが三島部長の奥さんってめっちゃ綺麗な人だったような……。

 

「ん?」


 普段は連絡を全く取らない人からのチャット通知が鳴って俺はびっくりした。と同時に俺の心臓がドクドクと一際大きな音を立てる。


 ——青木凛あおきりん


 彼女は俺が見つけた「例のいじめ告発者」の候補だ。


【(青木)話したいことがあります。10分後にMTG室に来られますか】


 俺は何食わぬ顔でスクリーンショットを撮ると人事と法務と俺で立てられた専用のチャットに報告する。

 青木さんは俺と同期入社の子でマーケ課に所属する女の子だ。ボスってタイプじゃないけれど読者モデルをしていたとかで社内の男子人気は高い子だったはず。同期だったけどほとんど喋ったことはないから人となりはわからない。


 俺はお悩み相談室じゃないんだけどなぁ……でもDMで名前出しちゃったししゃーないか。


 MTG室に先に入っていた青木さんは俺を見るといきなり涙目になって鼻をすすった。女性に泣かれるのはなんと言うか本能的に苦手なのかもしれない。

 話し合いにならないし、なんか嫌だと思う。


「どうされたんですか」


 できるだけ優しく、相手を刺激しないように声をかける。青木さんは大きな目を潤ませながら


「私……クビですか?」


 と言った。まるで子供みたいにしゃくりあげながら泣く青木さんをなだめながら「俺にはわからないけど、まだ鍵アカウントだし晒してないんで大丈夫じゃないっすか」と答える。


「木内さんがマーケ課でいじめられて……私耐えられなくて」


「いじめっていうと……?」


 ちなみに俺のパソコンはウェブ会議が立ち上がっていて人事と法務が聞いている。多分、秘密保持的にはグレーだしほとんど盗聴だけど……まぁ仕方ない。


「木内さんに雑務を押し付けて帰ることが多かったり、飲み会に誘わないのに彼女の前でずっと飲み会の話したり……ランチ会に彼女だけいつも呼ばれないとかあとはトイレで彼女が個室にいるのをわかってて悪口をいうとかです」


 おぉ……えっぐいな。

 

「ちなみにSNSの存在を人事にリークしたのも青木さんっすか?」


「はい、何度もいじめの件を会社の匿名相談窓口に相談していたのに無視されて……腹が立ってそれで自演したんです。暴露のSNSがあるって」


 そういうことね。

 会社の相談窓口なんてほとんど機能していない……。いじめなんてのは人が一定数集まればある話だし、今回の場合は被害者の木内さんが動いていないから保留してたんだろう。

 

「だから、ちゃんと人事や法務の人に見て欲しかっただけで……本当に暴露する気はなかったんです」


 青木さんは涙をぽろぽろと流す。

 人事と法務にこのことを俺から共有してマーケ課のいじめ主犯格に注意もしくはパワハラ行動による制裁をしてほしいとのことだった。


 ——なんか、違和感があるんだよな


 青木さんは確かに可愛いし、いじめを見過ごせない女の子なのかもしれない。でもなんというか、まっすぐで正義感のある間宮さんとは違った雰囲気を俺は感じていた。あざとさ……じゃなくてなんと言い表せばいいのかわからなかった。


***


 青木さんは目が赤いのでもう少しMTG室にいるとのことだった。俺は先にオフィスに戻ると三島部長に目配せする。三島部長は静かに頷くと席をたった。多分、ちょっと高めの缶コーヒーを奢ってくれるんだろう。


「藤城さんっ」


 間宮さんはぐるりと椅子を回転させるようにして俺の方を見るとキラキラした笑顔で見つめてくる。

 なんだろう。可愛い。


「お問い合わせがとまりませんっ」


「お問い合わせ?!」


 間宮さんはいつものようにドヤ顔でスマホを見せてくる。


【いいね 4万】


「大バズりじゃないっすか!」


 思わず大きな声が出て、恥ずかしかったが間宮さんも立ち上がるとぴょんぴょんと飛び跳ねてハイタッチを求めてくる。仕方なく応じると「大成功ですよ!」とスマホを抱きしめて嬉しそうに体を震わせた。


「えへへ〜、社長にも褒められちゃいました。別のSNSにもトレンド入りしてて、選べるきのこ鍋がバズり中です」


「藤城くん、はいコーヒー。んぅ? どうしたのかな? 2人して嬉しそうな顔して」


 俺の予想通りお高めのコーヒーを買ってきてくれた三島部長は立ち上がってぴょんぴょんしている間宮さんを見て微笑みながら言った。

 間宮さんは自慢げに三島部長にも自分の投稿がバズっている報告をしてニコニコと笑っている。

 俺は三島部長にお礼をいってコーヒーを受け取ると席について一口。

 大仕事の後のコーヒーはうまい。


「これじゃあ、しばらく行けそうにないなぁ」


 三島部長は残念そうに席に着くと「嫁に頼んでみるかな」と呟いた。俺も自宅で色々作ってみよう。

 きのこ鍋自体がトレンド入りしてるってことは手作りでもフォロワーは喜ぶだろうし。俺も食べたいし。


「間宮、藤城」


 俺と間宮さんに声をかけてきたのは社長だった。イケイケの30代後半で奥さんは結構有名な元アイドル。


「お疲れ様です。社長」


 俺は頭を下げる。社長は「おう」と手を挙げると


「2人ともよく頑張ってるな。今後はうちの案件に繋がるようにじゃんじゃん頼んだよ」


 社長は一方的に話し終えると忙しそうにMTG室へと向かっていく。間宮さんは俺に向かって小さくガッツポーズをして、三島部長もなんだか嬉しそうだ。


「藤城さんっ、お疲れ様ディナーいがかですか」


 間宮さんのお誘いを俺は即答で承諾した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る