第26話 美人広報トレンドを作る!
間宮さんはだいぶ1人で仕事ができるようになってきた。と言うのも彼女が俺に送って来る文章やハッシュタグ、写真の構図なんかもほとんど修正せずに載せられるレベルになっているからだ。
依然として俺の隣に居座り続けているが……そろそろ自分の席に戻ってはいかがでしょうか?
「藤城さん、久々にランチ行きませんか? よく行っていたお店の新メニューが出たらしいんです。あっ、キノコはお好きですか?」
キノコ……かぁ。
好きだけどなんか映えない気がするけど。
「キノコ好きっす」
「よし、じゃあ決定ですね! 流行りものじゃないんですが、個人的に気になってて、ぜひっ」
間宮さんはやる気まんまんで俺に言った。そういえば、最近間宮さんちょっとぷっくりしたような? こんくらいが可愛いんだけど……。
「キノコのどんなメニューなんですか?」
「好きなキノコを三種選んで、おひとりさまキノコ鍋が作れるらしいです。結構小さなお店なんですけど店主さんが大学の先輩でして……」
なんだそれ!
テンション上がる。出汁も気になるし、おひとりさま用の鍋をカスタマイズできるなんてめっちゃいいじゃんか……。
なんで話題になっていないんだろう?
***
話題になっていない理由がわかった。間宮さんに連れてこられたのは会社から歩いて10分ほどの路地裏だった。雑居ビルが立ち並ぶ少し治安の悪そうな場所で、いかがわしいマッサージ店のネオンの間に小さなキノコの看板。
——完全にやばい店っぽいな
2階まで上がる階段は非常階段のような錆びた階段で、コンコンと俺たちの足音が路地裏に響く。ボロボロの鉄の扉を開けると……
「いらっしゃいませ」
若い男の店主と若い女性の声が響いた。
「あら、間宮ちゃん。来てくれてありがと。そちらは彼氏さん?」
店主の奥さんだろうか、小柄な女性が間宮さんと俺をテーブル席まで案内してくれる。店の外とは違って内装はログハウス風の超おしゃれなカフェといった感じだ。木で統一された家具からは新築のいい香りが漂い、お冷は可愛らしいグラスで出された。
「こちらは会社の後輩で藤城さんです」
「こんちは。お邪魔してます」
「あっ、例の」
——例の?! なんすか
含みのある笑顔で女性が笑うと間宮さんが真っ赤になる。俺は気がついていないふりをして小さな黒板に書かれたメニューを見た。
【三種のえらべるキノコ鍋】
キノコの種類は一般的なしめじや舞茸、しいたけやえのき、エリンギといったスーパーでも手に入るものだ。
俺が気になっていた出汁は魚介出汁でしょうゆ味・塩味・キムチ味が選べるようだった。
「おぉ、キノコ以外にも肉も選べるっすね」
「はい、おすすめセットも記載してあるので参考にしながら注文表に書いてくださいね」
新しいパターン! 女性から渡された小さなクリップボードに挟まった紙に客が注文を記入するようだ。メニュー表にあるおすすめセットもいい。
キムチ系は豚肉やら野菜が多めで、しょうゆさっぱりなら鶏肉団子。塩スープは鶏モモ肉か。豆乳鍋ってのもあるのか!
「私は豚キムチ系でトッピングにチーズにします。映えそうだし」
間宮さんは初心者インフルエンサーらしく映えそうな鍋を選ぶ。俺は……いや、やばいぞ。このお店は通いたい……。
「俺はこの豆乳鍋セットにするか。トッピングは激辛ラー油とすりゴマにします」
可愛らしいキノコがついたペンで注文表に書き込むと俺たちは料理の到着を待った。間宮さんは店主に許可を取って店内を撮影したりメモしたりとせわしなく動いている。俺も、間宮さんとは時期をずらして投稿するためにいくつか写真を撮った。
「お待たせしました。こちらが豚キムチ鍋で、こちらが豆乳鍋です。ごゆっくりどうぞ」
俺たちの目の前にはグツグツと音を立てる小さな鉄鍋が置かれた。あまりにも美味しそうで俺も間宮さんも写真と3秒ほどの動画を撮った。
いただきます! と手を合わせてからまずはスープに口をつける。豆乳に滲み出た鶏肉とキノコの出汁が味わい深い。激辛ラー油がアクセントになってくどくならずパクパクと食べれそうだ。
「藤城さん、チーズ伸ばすんで撮影お願いできますか?」
間宮さんはビヨーンとチーズを伸ばすと口に含む。チーズと可愛い女子なんてこの世の中で最強の組み合わせじゃねぇか。可愛い。バストアップで一枚、顔面のアップで一枚。
「うまっ」
「おいひい〜」
プリップリのキノコは嫌な香りがしない。多分新鮮なんだと思う。ランチにはちょうどいいサイズだし熱々の鉄鍋から直接食べられるのも好感だ。
「流行りのスーパーフードとかヴィーガン系のお店もいいなって思ったんですけど、キノコってすんごい栄養があるんですよ! あと見た目も可愛いし」
間宮さんはキノコについて熱く語り出す。確かに、キノコって栄養価が高い。ただ好き嫌いが結構別れるから映えるかと言われれば微妙なんだよな。
グルメサイトでは高評価がつくと絶対の自信を持って言えるがカメグラに載せて評価がもらえるかどうか……。俺なら載せないかもしれない。
「立地が悪くても私のPR力で流行らせて見せるんですっ」
間宮さんはフンッと鼻息荒く言うとピンと手をあげた。
「締めのリゾットお願いします!!」
鍋の後は、追加オプションでキノコリゾットを作ってくれる。チーズとキノコたっぷりのリゾットは絶品だった。
そして値段も1000円以内で収まるリーズナブル。最高のランチだった。
「見ててくださいよっ、私、あのお店を流行らせて藤城さんに褒めてもらうんですっ」
間宮さんは店を出た後俺の手を掴むと自分の頭に持って行き勝手にナデナデさせた。
——可愛すぎやしませんか……?
「が、が、頑張りましょう。まずは投稿文考えないとっすね」
「やっぱり藤城さんってすごく綺麗な手ですね……」
ぽうっとした表情の間宮さん。俺が歩き出すまで、彼女はしばらく俺の手を握っていた。
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