第24話 間宮さんのお部屋にて
タクシーの運転手さんはきっと俺たちが恋人かもっとイケナイ関係だと思っているんだろう。優しい口調で「体調が悪くなっているならおっしゃってくださいね」と言ってくれた。
間宮さんの方は具合は悪くないようだが、熟睡してしまっていた。どうするか。間宮さんの部屋は駅からすぐ近くとは聞いていたが……本当に近い。
もうすぐ着いてしまいそうだった。
「間宮さん、降りますよ〜」
俺は電子マネーで料金を支払った後、自分に近い方のドアから一度出て、回り込んでから間宮さんを抱えるようにして車から降ろした。
間宮さんはモデル体型だが結構重い……。いや、多分俺がひ弱なだけか。
「間宮さん、部屋番号と鍵を」
かわいそうだが無理やり彼女を起こしてオートロックを解除させる。鍵を預かって、また眠りについた間宮さんを抱えて部屋へと向かった。
***
間宮さんの部屋はまるで男子大学生の部屋みたいに殺風景で綺麗だった。女の子らしい家具はないし、インテリアもない。寒色系で統一された家具は最低限のものだけだったし、キッチンはほとんど使っていないようだった。
開けっ放しのクローゼットの中にはいつも間宮さんが着ているオフィスカジュアルな服と、私服なのかカジュアル系の服がいくつか。バッグは2種類だ。
「横になれますか?」
返答はない。
間宮さんをベッドの上に寝かせると俺はバッグを置いてキッチンへと向かう。棚の中にあったマグカップと電気ケトルに水を入れてお湯を沸かし、白湯を作る。
あぁ、コンビニに行って色々買ってくるか。
「間宮さん、お水のめます?」
俺の言葉に間宮さんはむくりと起き上がると俺の手を掴んで
「飲めますよ、お水」
と言った。目が座っているが少しは酔いがさめているのだろうか。
「何か買いに行きますけど、いりますか?」
間宮さんは白湯を一口飲むとぎゅっと俺の服の裾を掴む。俺は仕方なくしゃがみこんで間宮さんに目線を合わせてみる。化粧は崩れてるし、眠そうだし。多分普通の女子なら可愛く見えないんだろうけど、間宮さんは可愛い。
「おみそしる……。あさごはん……。あと」
「あと……?」
「あと、一人にしないで」
必殺上目遣いとはこれのことか——!
「えっと、戻ってきます。ちゃんと戻ってきます」
間宮さんは俺の言葉に納得するとぼふっと音を立ててベッドに倒れ込んだ。スヤスヤと寝息を立てる。後、白湯が溢れた。
それにしても、男っ気のない部屋だな。間宮さんは俺とは人生で関わることのないスイーツ女子、キラキラ女子、一軍女子、パリピ。そんな風に思っていたが違うのかもしれない。
スマホを見て、もう終電がないことを確認してため息をつく。
「一人にしないで……か」
据え膳食わぬは男の恥だなんて言うけれど、今目の前で寝ている女神様は会社の先輩で、仕事仲間だ。ここでゴチャゴチャして気まずくなるのも良くねぇし。
それに……
——紳士なところ
酔った間宮さんは俺にそう言った。
だから、そんな間宮さんを裏切りたくない。こんな風に言い訳を作って俺はコンビニに向かうため腰を上げた。
その時だった。ぐいっと腕を引っ張られて、体制を崩した俺の髪をがしっと鷲掴みにされる。
そのまま変な方向に首を捻られて「殺される!」と俺は目を閉じた。
いやいやいや!
間宮さんが殺人鬼だったなんてそんな……えっ
ふにっとした柔らかい感触と少し香るファジーネーブルの香り、ゆっくり目を開けると超近距離の間宮さん。
間宮さんは唇を離すと満足げに俺の肩をバシバシと叩いて再度眠りについてしまった。
あまりの出来事に硬直した俺は金縛りにあったみたいに体が動かない。
——え?
今、キス……した?
***
甘くて優しい米の香りと俺がすりつぶしている梅の香り。一睡もできずに迎えた朝、間宮さんは大いびきをかいている。
彼女のリクエストの味噌汁。それからコンビニで買った焼き魚を焼き直してる。多分、間宮さんは昨夜のキスを覚えていない。
というか忘れていてくれと願うしかない。あんな美人の隣で仕事をするのはただでさえ緊張するのに、酔ってキスしたなんて……きっとまともに顔見れない。
「んぅ……藤城……さん?」
「おざっす。すんません、勝手に泊まっちゃって」
寝坊助顔の間宮さんは「いえいえいえ! 大丈夫です。すみません、送ってもらっちゃって」と言った。
よかった、覚えていないようだ。
「かなり酔ってらしたんで心配で。あっ、指一本触れてないですし! 部屋のものも見てません。ただ、ソファーで仮眠だけ。あと、朝飯っす」
間宮さんは目をこすって、それから自分がメイクを落とさずに寝たことを思い出したのか恥ずかしそうに俯いた。
「じゃあ、俺は仕事の準備もありますし帰りますね。すんません、ほんと」
間宮さんは「ちょっと待ってください」と逃げるように玄関へ向かった俺に声をかけた。
酔って何も覚えてないにしても、最近仕事で絡み始めたような……しかもキモい陰キャが朝まで一緒に部屋にいたなんて怖いよな。
酔った間宮さんにお願いされたとはいえ、ちゃんと帰るんだった。メモ残して帰るとか、もっとやりようがあったはずだ。
激しく後悔している俺に間宮さんはぐっと近づいて、そしてまた上目遣いで見つめてくる。
——怒ってないっぽい?
「記憶……あんまりなくて、恥ずかしいところばかり見せてしまってその……」
「いえ、全然。お酒について俺の配慮が足りなかったっす」
「その……あの……」
間宮さんはゴクリと唾を飲んだ後、何度か瞬きをする。そして
「次は……その、私が酔ってない時にまた……ここに来てくれますか?」
それは……その……
俺は一瞬戸惑ったが、彼女が恥をかかないようにすぐに「もちろんです」と答えた。
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