第23話 思わせぶりな社内のアイドルさん

 顔が真っ赤になっているのがわかる。俺は間宮さんの言葉を聞いて硬直してしまっていた。と同時に頭の中にいろんな妄想が駆け巡った。今日の間宮さんは結構刺激的な格好をしているし、それにラブホって……そういうことだよな?


 まてまてまてまて!

 付き合ってもないし、そもそも体の関係を持つなんてダメだろ! どうでもいい女ならまだしも社内で関わり合いのある女性とそういうことになるのは業務に支障がありすぎる! 

 そもそも間宮さんは俺をそういう目で見てたわけ……?


「間宮さん? まじで言ってます?」


「マジのマジです。これみてください」


 ——やっば、マジかよ


***


 間宮さんはノートパソコンを俺の方に向ける。俺は不思議そうな顔をしている三島部長に見えないようにしながらパソコンの画面を覗き込んだ。


 ——なんという思わせぶり!


「3人以上限定の贅沢コース?」


「はいっ、なんでもこのラブホテルの親会社が変わったとかなんとかで高級個室レストランとコラボしてとっても映えるお料理が出るんです」


 間宮さんがラブホ・ラブホと連呼するせいで社内がざわざわする。恥ずかしい、もう早く帰りたい。


「えっと、その宴会コースですよね? でもこれって3人以上限定ですし……しそれにスイートルーム?!」


 宴会コース3時間1人2万円?!

 くっそ高いじゃねぇか。そもそもあと1人って誰……


「準備できた?」


 と俺たちに超いいタイミングで声をかけてきたのは原川姉さんだった。仕事を終えたのかいつもよりも表情が優しく、超オシャレな服装は港区女子そのものだった。

 えっと、なんで原川姉さんが? と俺の口から出る前に間宮さんが目を細めて笑った。


「原川さんにキラキラ系のお料理ありますか? ってご相談したら教えてくださったんですよぉ。私、ラブホテルって初めてなので緊張します」


 ——間宮さんはラブホテル初めて……?


「藤城、鼻の下のばさないの。ってか、あんたこのホテルの案件担当してたじゃん。覚えてないの」


 原川姉さんに釘を刺されて思い出したが、会社でこのラブホテルのスイートルームの広告を担当してたんだった。

 そっか、それで原川姉さんが知って……って、スイートルームのコンセプトって……


「私が考えたコンセプト。うちの制作部門のPRにもってこいだと思ったの。つまり、今回の飲み会は仕事よ。お財布気にしないでよ。藤城、あんたはカメラマン。私と間宮ちゃんが楽しそうに女子会してるのを撮るの」


 あ、はい。

 俺はポッキリ期待を折られて白目をむきそうだった。いや、間宮さんと体の関係にならなかったのはよかったの……か?

 いやいや、男としては残念がるべきだろう。あぁ……やっぱり俺みたいな陰キャを間宮さんみたいな天使が誘うはずないのだ。現実を見ろ、俺。



 原川姉さんと間宮さんはいつからこんなに仲良くなったんだ? と思うくらい仲が良い。俺はといえば港区女子の原川姉さんとキラキラ女子の間宮さんに挟まれて異次元の空間に飛ばされた感覚だった。


「藤城って意外と顔はいいのになぁんか残念なのよねぇ」


 原川姉さんはシャンパンを開けるとめちゃくちゃ綺麗な顔で俺に言った。顔がいい……なんて言われたのは初めてだ。嬉しいけどなんか悲しいぞ?


「俺がやります」


「あら? 紳士ねぇ」


 2人のグラスにシャンパンを注いで、綺麗なネイルがよく映るように持ってもらう。アップで一枚。手元だけを一枚。

 原川姉さんのリクエストで間宮さんだけのショットを一枚。確かに、かなりの高級コースだけあって料理の質が高い。ラブホテルというよりもまるで高級ホテルのようだ。というかそういうコンセプトだもんな。


「私は藤城さんのお顔じゃなくて性格の方がいいと思いまふよ」


 しばらく写真撮影を終えて食事を楽しんでいた時のことだった。

 間宮さんはさっきの原川姉さんに反論するように言った。さっきのシャンパン一口で酔ったとか……? じゃないっすよね? 

 間宮さんは頰を赤くした状態だし、どことなく目も座っているような?


「あはは〜、あざっす」


「間宮ちゃんお酒弱い系?」


「よあくないです」


 ——あー、弱いやつだこれ。


 俺が動く前に原川姉さんが間宮さんのシャンパンを水にすり替える。さすが姉さん。飲み慣れてやがる。

 

「藤城さんはほんとおに優しいんですよ、でも鈍感できらいです。あ、でも紳士なところはいいとおもいましゅ」


 わぁ?!

 嫌われた?

 原川姉さんはあまりにも可笑しかったのか顔を隠すようにしながらクスクスと笑っている。一方で酔っ払いの間宮さんは頰を膨らませて俺を睨んでいる。可愛いけどちょっとめんどくさいような?


「あはは、すんません」


「すいませんじゃないですよ! まったくもう」


 ブンブンと手を振り間宮さんは突如としてスイーツを口に放り込む。そして「甘くて美味しい」と笑顔になる。めっちゃ情緒不安定じゃねぇか。

 原川姉さんは「そろそろか」と呟くとスマホを眺め、キュッと口角をあげた。


「藤城、そろそろお開きにしよっか。間宮ちゃん送ってあげてくれる?」


 原川姉さんはニコリと微笑むと会社のカードでお会計をスマートに済ませる。俺はまだ食べたいとごねる間宮さんのバッグに荷物を詰めて、忘れ物がないかどうかチェックをした。

 間宮さんはまだ帰りたくないのかぐずりだした。可愛い。


「藤城、外にタクシーあんたの名前で呼んでるから送ってあげなさいよ」


「すんません、原川さん。ありがとうございます」


「いいの、この前のコーディングのお礼だと思ってよ、それに私嬉しかったの。私に怖がらず仕事の相談してくれて、ランチに誘ってくれる若い子ができて。あんたが間宮ちゃんに言ってくれたんだってね。原川姉さんはいい人だって」


 原川姉さんはふっと笑うと「じゃーね」と言い残して先に出てしまった。


「おちゅかれさまですぅ。うぅ〜」


「間宮さん、住所言えます……?」


「じゅうしょ? えっと、東京都……」


 俺は間宮さんの住所をメモると店の前に止まっているタクシーへと向かった。


 ——これ、ラブホなんかよりもずっとやばいんじゃないか……?


 俺はラブホの思わせぶりからの間宮さんの家へ向かっている事実を実感して心臓が飛び出そうなほど動き出すのを必死で抑えた。

 だらんとタクシーの中で俺にもたれかかっている間宮さん。ぎゅっと俺の細い腕を抱きしめたままほとんど眠っている。


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