第15話 美人広報はパフェが食べたい


「純喫茶……素敵です」


 会社の近く、地下に入口があるせいであんまり客がいないがめちゃくちゃいい純喫茶がある。俺がたまーに昼飯を食べに来たり、エンジニア連中で会議室が取れなかった時に使ったりする。

 初老のマスターが1人で回しているので出て来るのが遅いのが難点だが、料理も飲み物も一流だ。


「えっと、ナポリタンとトーストでお願いします」


 俺の注文、間宮さんはメニュー表とにらめっこしてからチーズサンドとミニカレーのセットを頼んだ。マスターは静かに微笑むと


「デザートのご注文はございますか?」


 と聞いてくれた。

 俺はデザートいらないので食後にアメリカンコーヒーをお願いします。と注文する。一方で間宮さんはデザートメニューと再びにらめっこを始めた。

 

「えっと……えっと」


 ちらり。間宮さんとメニュー越しに目があう。間宮さんは恥ずかしそうな表情で俺を見つめている。これは、どういう視線なんだろうか。

 

「チョコバナナパフェがおすすめ……っす」


 俺は一度だけ食べたことのあるパフェの名前を言ってみた。間宮さんはなんともいえない顔でメニューに視線を戻すと小さな声で


「食後にバナナパフェをお願いします」


 と言った。マスターが「かしこまりました」と返事をして戻っていくと間宮さんは罪悪感いっぱいの表情で俺に


「太っちゃいますかねえ」


 と嘆いた。俺は女子か!?

 いや、俺みたいなキモい陰キャの男子は仕事上の関わりだけだから微塵も恋愛対象に入っておらずもはや女子として扱われるパターンのやつな……。イケてる女が太った男子を「くまさんみたい!」とかいって懐いて、でも結局恋愛対象じゃないやつ! それと同じ原理か!


 俺は1人で勝手に納得して、それから間宮さんに超笑顔で答えた。


「大丈夫、食べたらしっかり運動しましょう」


 間宮さんは「そうですねっ」と超絶前向きに戻るとウキウキした様子で料理を待った。俺はスマホでカメグラの更新をしながらDMを返したり、次の投稿を考えたりする。

 間宮さんは美人だ。

 けど、ここ数日一緒に過ごしてわかったことがある、間宮さんは美人すぎて俺とは住む世界の違う人だ。だからこそこうやって2人きりなのにスマホをいじったり、普通の女子とは話せないようなことも話せたりする。

 逆に……の理論だ。


「なかなかいいねが来ませんねぇ」


「ちょっと、投稿見せてください」


 間宮さんはスマホを俺の方へ滑らせてくれる。女子っぽいスマホケースを手に持ってみると軽い。最新機種か。


「あっ」


「何か変ですかっ?」


 間宮さんがぐいっと身を乗り出す。俺が説明に戸惑っていると間宮さんは向かい側の席から俺の隣に座り込んできて、スマホの画面を覗き込んでくる。

 ソファータイプの席だから近い。めちゃめちゃ近くに間宮さんのうなじが見え、すごくいい香りがする。


「ハッシュタグの記号と文字の間にスペース入れてるんで読み込んでないっすね」


「えっ?」


「ハッシュタグつけれてないっす」


 うるうるとした瞳で間宮さんは俺を見つめる。可愛いのでやめてほしい。


「もう一回投稿しましょっか、俺も一緒にやるんで」


「本当ですかっ」


 ずいずいと近づいてくる間宮さん。まるでカップルみたいに隣同士に座って、俺と間宮さんは料理を待つことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る