第9話 美人からのお誘いは断れない?!


 そわそわしているのが伝わってくる。定時まで残り20分。俺はまだパソコンを開いて滑り込みできた社内チャットのバグの対応をしていた。間宮さんは俺のパソコンをチラチラと見ながらバッグの中を整理したり、マグカップを洗いに行ったりと帰る準備をしている。


 ——こんな美人をどこに連れてけってんだよ


 チャットを無視した代わりに飯に連れて行けなんて、大学の後輩でも言って来ないような暴論だが美人だから許されると思っているんだろう。

 あぁ、でも間宮さんと食事に行きたい——!


「えっと、何か食べたいものとかって」


「いいんですかっ?!」


「あ、はい。たいしたところには連れて行けませんけども……」


 間宮さんはウキウキな笑顔でスマホを取り出すとカメグラを開いて俺のアカウントのページを開いた。

 あぁ、これが食べたいっ! って言ってくれるのが楽だし嬉しいな。とはいえ、俺のアカウントに乗せてるのなんてそんなおしゃれなお店のじゃないぞ。オシャレっぽくとってるけども。


***


 定時退社をして俺と間宮さんは駅でいうと2駅くらい先の落ち着いた住宅街を歩いていた。というのも、彼女が指差した写真は俺がよく知る隠れ家的な洋食屋のオムライスだった。

 よく知る……というのは俺の知り合いの店という意味だ。正直、間宮さんを連れて行くとめちゃくちゃからかわれそうで嫌だが……仕方ない。


「うっす」


「あら、あなたが噂の彼女ちゃん?」


「違う、会社の先輩。広報の人でオシャレで美味しい料理の写真が撮りたいんだと」


 店主のマリコさんは俺の兄貴のお嫁さん。つまりここは俺の兄貴の店だ。数年前から小さな洋食店を始め、俺のカメグラで紹介してから予約必須の人気店になった。

 兄貴は脱サラだが料理が小さい頃から好きで俺もよく世話になっていた。


「こんばんは! 間宮と申します。藤城さんにはSNS運用を教わっている立場でして……このお店のオムライスが食べたいと私がお誘いしたんですっ!」


 マリコさんは俺に


「可愛い子じゃない。いい子を見つけたわね」


 と微笑んだが……いや、違うんです。

 厨房からこっそりのぞく兄貴もニヤニヤ顔だ。やばいぞ、そのうちうちの母ちゃんからメールが止まらなくなるぞ……これ。


「間宮さんはオムライスね、悠介くんは?」


「俺は……ミックスフライ定食と単品でポテトサラダと……」


「今日はフライドチキンがオススメだけど」


「じゃあ、フライドチキンを」


 間宮さんが「私もサラダ欲しいです」と言うのでマリコさんがアボカドたっぷりのコブサラダを勧める。


「間宮さんお酒は?」


「飲めますっ」


「じゃあ、合いそうなやつ頼めますか?」


 マリコさんは「夫が奢るわ」と言ってウインクした。マリコさんはもともと大手商社のOLさんをしていたが、兄貴が店を出すのを決めたタイミングでソムリエの資格を取った猛者だ。

 

「素敵なお店ですね」


「マリコさんのセンスがいいんすよ。ほら、海外の家具とか使ってるらしくて、穴場だけど結構映えるっすよね」


 全部で7組しか入れない超隠れ家なこのレストラン。デートには不向きかもしれないが料理は絶品だし、何より安心する(俺が)。

 ワイングラスに注がれた水、可愛らしいテーブルクロスを試しに俺は写真に撮る。


「間宮さん、オシャレにとってみてください」


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