第2話 美人とのランチは辛い


【(三島部長)おぉっ? ついにうちのエースにも恋の予感が!】


 開発部だけのチャットの中ではこの話題で持ちきりだ。俺が関わりあうはずのない広報部の人に誘われた。しかも、仕事の話じゃなくランチ?

 つまりはプライベートのこと……? あんなキラキラの権化みたいな女子がどうしてこんな陰キャに何の用だってんだ。


【(俺)まじで怖いんすけど】


 開発部のリモートの奴らは俺を罵倒してみたり羨んでみたり煽ってみたり。チャットの中で元気なのはうちの部署らしいと言うかなんとか言うか。

 刻々と近づくランチの時間。


【(俺)多分、あれじゃん。ほら、陰キャに告って遊ぶみたいな神々の遊び的な奴じゃねぇの】


 12時……。社員たちがぞろぞろとランチに出始める時間だった。昼時間は自由に出ていいから俺はいつも遅めにランチをとる。とると言うかコンビニで買って来てデスクで1人で食う。

 俺の仕事は各部署から依頼がなければ特にやることもないし。あぁ、採用予定者のSNS探しがあったかな。まぁいいや。この間、配信されたアニメでもみるかぁ……。


 ——じゃなくて!


「ピコン」


 チャットの通知音が鳴った。個人DMの欄に光る赤いマーク。名前は見慣れない……間宮さんだ。


【(間宮) そろそろ出ましょう! お店とったので! レッツゴー!】


 可愛い絵文字がついている。なんだこの陽キャすぎるチャットは。俺はなんて返せばいいんだ。

 とりあえずスクショだ、スクショ。

 俺は部分スクショを済ませて息を整える。お店を取った? どんな店にいくつもりなんだ? キラッキラの港区女子がいくようなお店だろう!

 あっ、ここ港区だからこいつら港区女子か。俺は港区男子か。


「藤城さーん、いけます?」


 俺がチャットを返さないからか痺れを切らした間宮さんは声をかけて来た。広報部のあるコーポレート系の島は割と俺がいる開発部の島と近い。

 確かに声を出した方が早いだろうが、俺としては目立つのは嫌だし何よりも彼女は会社の中心的な存在だからやめてほしい。


 ジロジロと営業の男子たちの視線が痛い。そりゃそうだ。間宮さんは営業男子たちの憧れの存在だし、間宮さんを狙っている男子が多いのも知っている。営業の飲みに誘われてるのも知ってる。


「あ、いけます」


「じゃあ、行きましょう!」


 間宮さんはにっこりと微笑むとお財布だけ持って俺の方に駆け寄ってくる。あまりにも可愛い。やめてほしい。

 キラキラのアイシャドウは控えめなピンク、コンサバなスカートスタイルだけど可愛いメタル色のハイヒールで抜け感を忘れずに。髪の毛はふんわりと巻かれていてとても柔らかそうだ。

 ちゃんとトレンドを入れつつも個性を持っているのがやっぱり格上って感じがするなぁ……じゃない! 俺はこれからこの人の隣を歩かなきゃならんのか。


 俺はテキトーな格好だ。一応、社会人だから美容院には通っているがかっこいいとは言い難い服装だった。


***


 間宮さんは店まで向かう間、1人で勝手に色々と話していた。最近の仕事はどうだの、好きなゲームはあれだのこれだの。

 俺が陰キャだからゲームの話をしてくれているんだろうか。俺は陰キャだけどゲームはあんまり得意じゃない。

 ゲームって言っても最近のはオンラインで協力するのが前提で作られていてコミュ障の俺にはそれですら難しい。ゲーム仲間とのオフ会で全員陽キャってのはネット界隈ではよくある話だしな。


「ここです」


 連れてこられた店は多分、すごく高い焼肉屋だ。仕事の話も兼ねて……とのことで経費らしく奮発したと間宮さんが胸を張っていたが男としてはちょっと恥ずかしいような気持ちになった。


「じゃあ、さっそく……」


 ゴクリと目の前に座った間宮さんが唾を飲んだ。政治家でも出て来そうな雰囲気の個室、焼肉ランチが俺たちの前には並んでいた。


「は、はぁ……」


「藤城さんにお願いがあるんです。でも、社内では言えなくて……ごめんなさいっ。こんな呼び出し方をしちゃって」


「大丈夫っす」


「私……なくて」


 間宮さんは目を潤ませる。あと、よく聞こえない。この人、大事な話をする前になんで肉を焼くんだ。ジュージューと肉が焼ける音で彼女の声が聞こえない。俺は肉をひっくり返して、焼けるのを待ってから彼女の皿に乗せた。


「私、センスがなくて……手伝ってほしいんです」


「何を……です?」


「私の、カメグラ」


「はい?」


 思わず声が裏返った。彼女は恥ずかしそうにスマホを取り出すとカメラロールを見せてくれた。どれもこれもあんまり美味しそうに見えない写真。ブレブレの自撮りばかりだ。

 確かに、彼女はSNSをほとんどやっていない。確か大学生時代にミスコンの運営が動かしていたミスコン投票用のアカウントがあるくらいだったか。


「どういうことっすか」


「私、写真のセンスがなくて……でもこれから広報としてやっていくにはSNSが必須。なのに全然うまくいかなくて……」


 あぁ……三島部長め……。俺がこっそりグルメアカウントやってるのバラしやがったな。


「三島さんから聞いたんです。藤城さんのカメグラ……お料理と手のお写真だけで15万フォロワーもいるって。だから、手を貸して欲しいんです!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る