105.魔神大戦⑤

 アルセリアを煽るフレイの兄二人。その表情には少しだけ不満が感じられた。気付いたアルセリアは彼らに問う。


「さっきから私への発言が棘あるよね? まだフレイを一人にしたことを怒ってるの!」

「いや別に」

「……フレイが決めたことだ」

「やっぱり怒ってるよね!」


 この戦いが起こる数日前、エクトスの侵攻に備えた作戦会議で、誰が誰と戦うべきなのかという話題になった。

 魔神は一体でも強力な存在である。それを二体同時に相手にすることは、成長した今のフレイでも難しい。魔神同士が協力することは考えにくいが、同時に相手をするより分けたほうが勝率が高い。

 そう判断して、割り振られた。フレイは初めに、自分が一人で炎の魔神プロメテアの相手をすると名乗り出た。一度戦っている相手で手は知っている。前回もエクトスの妨害がなければ勝利していたのは彼だ。

 自分の実力、相手の戦力、見方の戦力……それらを総合して判断した。魔神を一人で相手にできるのは現状フレイだけだ。それは皆も理解している。しかし親しい者たちからは心配する声があがった。


「俺らはあいつの兄貴だからな。どんな時でも心配はするんだよ。けど信頼もしてる。あいつが大丈夫って言ったんなら信じるさ」

「だ、だったらなんで怒ってるのさ……」

「怒ってないって。ただまぁ、俺も兄上も意外だとは思ったぜ? あんたが真っ先に心配しそうだと思ったんだがな」

「え?」


 アルセリアは一言も、フレイに対して心配しているような声をかけていない。そういう素振りも見せていない。だから意外だとシルバは言い、グレーも頷く。


「あんたは心配じゃないのか? フレイの婚約者だろ?」

「心配はしてないよ」

「へぇ、なんでだ?」

「フレイなら負けないって知ってるからだよ」


 アルセリアは穏やかに笑う。戦場で見せる表情ではない。愛しい人を想い、隣に感じているような彼女の様子に、二人は思わず目を見開いて驚く。そしてすぐに理解する。彼女もまた、自分たちと同じなのだと。

 フレイのことを心から信頼し、彼の勝利を疑わない。心配していないわけじゃない。ただ、心配よりも信頼のほうが強いのだと。


「そうかよ。なんかちょっとムカつくな。俺らよりフレイを理解してますって感じが」

「同感だな」

「な、なんでだよ! あーもう、いいから戦うよ! 私たちは私たちの役目を果たすんだ」

「おう」

「わかっている」


 三人ともただしゃべっていたわけではない。今の十数秒の間に魔力を循環させ術式発動までの時間を短縮させた。三人ともすぐに術気を発動できる状態にある。

 ただし、それは大地の魔神ドームも同じだった。攻撃してこなかったのはアレイスターに集中していたわけでも、奢っていたわけでもない。

 自身の肉体の感覚、肉体を構成する魔力を馴染ませ取り戻す。かつての戦いの記憶を、その身体が思い出すのを待っていた。


「そろそろ……よいかのう?」

「「「――っ!」」」


 三人が直感したのはほぼ同時だった。数秒前まで魔神にとっては準備運動でしかなかった時間が今、終わったことを。

 ここからが本当の死闘になることを理解し、三人が各々距離をとり同時に術式を発動する。


「氷麗操術――【氷龍】!」

「纏雷――【轟雷槍ごうらいそう】!」

「紅蓮剣――【八重斬やえぎり】」


 右側面へと回り込んだアルセリアが氷の龍を生成。氷龍はうねりながら魔神ドームに大顎をあけて襲い掛かる。それと同時に雷一閃。

 シルバが発動した術式は、彼が得意とする纏雷の応用。自身を鋭い雷の槍と化し、高速移動で魔神の正面から貫く。

 さらに畳みかけるように炎の斬撃が繰り出される。グレーが持つ炎の剣と彼の類まれなる剣術を合わせることで完成する大技。一度に八つの斬撃がほぼ同時に襲い掛かる。

 攻撃を受けたドームの周囲には煙が舞う。三人とも全力で、それぞれが手ごたえを感じていた。しかし、煙が晴れた先で見えたのは、無傷の魔神が何事もなかったように立つ姿だった。


「おいおいまじかよ」

「……無傷……か」

「相変わらず硬いね、もう……嫌になっちゃうよ」


 対峙しながらアルセリアは思い返す。かつて魔神ドームと戦った時のことを。

 当時、支援や街の防御を担っていたアルセリアが、唯一最初から前線で戦うことになった相手。賢者たちは早々に悟ったのだ。七人全員が防御を捨て、攻撃に転じなければ打倒することは難しいと。

 魔神ドームと賢者の戦いは熾烈さを増した。他の魔神との戦闘と比較しても、ドーム戦がもっとも激しかったと言っても過言ではない。

 事実、ドーム戦は賢者たちも周囲に気を配る余裕はなかった。そのせいで街が一つ壊滅してしまう被害にあってしまうほどに。


「ドームは魔神の中でも飛びぬけて防御力が高いんだ! 生半可な攻撃じゃ、あいつの身体に傷一つ付けられないよ!」

「みたいだな。んじゃまぁ、出し惜しみしてる暇はないみたいだぜ! なぁ兄上!」

「そのようだ」


 最初から全てを出し切るつもりで戦う。シルバとグレー、二人の考えが一致し、それぞれが持つ最強の姿を見せる。

 その姿はドームにとって、否、千年前を知る者たちにとって懐かしさを感じさせるものだった。シルバの両手には銀色のガントレットが、両脚には同じく銀色のブーツが装着されている。

 どちらもただの装飾品ではない。魔力が込められた道具……魔導具である。

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