106.魔神大戦⑥

「やっぱ格好いいなこれ。雷の賢者様はセンスあるぜ」

「うわ……あいつのセンスが同じって……この時代にも変なのはいるのね」

「おい。私の弟がどうかしたか?」

「い、いえなんでもありません!」


 グレーの傍らには小さい者が飛ぶ。炎の賢者の相棒にして、彼が人生をかけて生み出した魔術の全てを持つ存在。炎の精霊フィア。


「ほう……かつてを思い出させるのう」

「ぅ……」


 千年前、共に戦った仲間たち。その面影を彼らに感じたアルセリアは、思わず泣きそうになってしまう。そんな彼女に気高き精霊が声をあげる。


「ちょっとアルセリア! なにしんみりしてんのよ! まずこっちじゃなくて魔神を見なさいよ魔神を!」

「うん! 一緒に倒そう!」


 アルセリアは涙をぬぐい、魔神に視線を戻す。その横顔は少しだけ、笑っているように見える。シルバとグレーも魔神と向き合う。


「来るのか?」

「ああ、行くぜ」


 最初に動いたのはシルバだった。彼は魔力を四肢に装備した魔導具に込める。この魔導具には術式が付与されている。

 魔導具に付与された術式は、使用者が魔力を流すことで発動する。ただし、使用者に素質がなければ不完全な発動となり、結果的に負担だけが大きくなるリスクを持つ。

  魔導具に宿る術式は、かつて雷の賢者が使っていた術式。彼は雷に憧れた。輝かしく早く、鋭く強い光に恋焦がれた。

 いつか自分も、雷のような存在になってみたいと。その夢を魔術によって実現させた。彼だけが使えた雷魔術の到達点。最強にして最速の力。


「――【雷電天装ヴォルテクス】」


 雷を纏うのではなく、自分自身の身体を完全な雷に変化させる。文字通り雷と化す術式。雷そのものとなったシルバの攻撃は――


「ついてこれるかよ!」


 人間の視力では到底捉えることは不可能な速度に達する。瞬きのうちにご連撃、ドームの背後と腹部に攻撃を加える。


「ぬ、ぅ、さすがに速いのう。ワシが追えんとは」

「あったりめぇーだろ! こっちは雷のなんだぜ? 光の速さ対応できるかよ!」

「早さでは主が上じゃな。じゃが反撃できぬわけではないぞ? 来る方向がわからないのであれば、全方位に反撃すればよい」


 ドームは大きな身体を小さく縮こませる。守るための姿勢ではなく、力を蓄え解放するための準備。シルバが視界から消えた直後、ドームは縮こまらせた身体を解放して全方位に衝撃波と石礫をを放つ。

 当然ただの石礫ではなく、一つ一つが鋼より硬く肉を容易に抉る弾丸に等しい。当たれば身体を貫通する。ただし、今のシルバには関係なかった。

 彼は構うことなく攻撃を続ける。その体には石礫が直撃するも、何事もなかったようにすり抜けていく。


「言っただろ! 今の俺は雷なんだぜ? そんな攻撃が当たるわけねーんだよ!」


 雷電天装ヴォルテクス】によって十五分間、彼の身体は雷となり肉体という縛りから解き放たれる。術式発動中の彼には肉体が存在しない。故に、物理攻撃で負傷することはない。

 つまり彼は十五分間だけ無敵の力を手にしたのだ。


「おらおら! このまま削りきってやるぜ!」

「小賢しいのう」

「ちょっとちょっと! あたしたちのこと忘れてんじゃないわよ!」

「っと、んじゃ交代だな兄上」

「ああ、任せろ」


 シルバが下がり、炎の剣を構えたグレーが前に出る。シルバは一度術式を解除する。長期戦を見越して、制限時間を温存するために。


「なんじゃもう終わりかのう? じゃれ合いは」

「はっ! よそ見してる暇なんてないぜ!」

「その通りよ!」


 グレーは全身から豪快に炎を放つ。彼の身体を守る炎の衣、その制御を担当しているのは精霊フィア。守りを完全に預けることができるため、グレー自身は攻撃に集中できる。

 精霊契約の利点の一つは術式の並行処理と効率化にある。グレーが発動した炎の剣【紅蓮剣】は高密度に圧縮した炎を一本の刃に変化させる。

 今までは一本しか作れなかった。ただし精霊と契約し、防御を彼女に任せたことで術式の制御を刃へと集中できる。結果、彼は一度に八本の刃を自在に操るに至る。


「【紅蓮剣八刃】」

「器用なことをするのう。威力も中々」


 八つの刃がドームを襲う。炎の刃は無数に形を変え予測不可能な軌道を描いてドームの身体を斬り裂く。硬度に優れた肉体を――


「熱で焼き斬るつもりじゃな? じゃが!」


 ドームはグレーの攻撃をあえて受けながら攻撃に転じる。グレーの剣でも一瞬で肉体を焼き斬ることは難しい。故にドームは斬られる前に本体を倒す作戦に出た。


「攻に意識を裂き過ぎじゃ! 隙だらけじゃぞ!」

「そんなわけないでしょ!」

「むっ――炎の小娘か」


 振り下ろされたドームの拳はグレーに届くことはなかった。彼の頭上に炎が収束し、高密度の壁となって彼を守ったのだ。制御しているのはフィア。彼女は精霊故に、自然に存在する魔力を行使できる。魔力量と密度では、魔神にも引けを取らない。


「あたしが目を光らせてるうちはグレー様に指一本触れさせないわよ!」

「かかっ! ここにも小賢しい小娘がおったか!」

「ちょっと一緒にしないでよね! あんたも言ってやりなさいよ! アルセリア!」

「――【怪鳥かいちょう】!」


 フィアが攻撃を止めている間にできた隙をつき、アルセリアが両手を前で合わせて術式を発動させていた。

 生成されたのは氷の鳥たち。自在に飛び交い四方からドームに向けて突撃する。一撃一撃の威力は決して高くない。

 だが、彼女の扱う氷麗操術の神髄は攻撃力ではなく、魔力を吸収するという性質にある。突撃した鳥たちはドームの身体にぶつかると、ドームから魔力を吸収して成長する。

 ドームは大きく身体を捻らせ腕を回し振り払おうとするが、どこに当たっても凍結して魔神から魔力を奪っていく。

 魔神の肉体は人間と異なり、全てが魔力で構成されている。だからこそ――


「物理的な攻撃は届かなくても! こうやって魔力を削り続けたら辛いよね!」

「くっ、小さき者たちがやかましいのう」

「「小さいって言うな!」」


 アルセリアとフィア、二人の声が重なった直後から攻撃は加速する。シルバも再び魔導具の力を解放し、攻撃に参加する。

 ドームの強さは耐久性と防御力にある。攻撃力も十分に高いが、それを繰り出す速度は劣る。少なくとも炎の魔神よりは遅い。三人が目で捉え、反応できる範囲。反応さえできれば、今の三人に対処できない威力ではなかった。

 雷と化したシルバには攻撃が届かず、一方的に攻撃ができる。グレーもフィアが防御を担っているおかげで攻撃に集中できる。

 二人が最前線で戦って気を引いていれば、アルセリアが中距離から援護できる。これが彼らが考えていた最善の形、魔神ドームの攻略法。攻撃を続けドームの魔力を削りきる。

 今のところ順調に運んでいる。否、順調すぎるほどに……だからこそアルセリアは不安を感じていた。


「このまま上手く……」


 行ってほしい。願いより祈りに近しい一言は、魔神の理不尽さによって踏みにじられる。

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