103.魔神大戦③

 何気ない日の、なんともない昼。太陽が燦燦と輝き、王都の街を照らしている。雲一つない青空に、心地いい風も吹いている。

 王都は巨大な結界に覆われている。先の魔神の一件もあって、王都の警備は強化されていた。王都で暮らす人々も、あの日以降何事もなく平穏が続いたことで安心している。

 故に、誰も予想しないし気づかない。王都に再び、破滅が押し寄せようとしていることに。

 晴天を隠すように、王都を覆う結界に漆黒の影が走る。影は広がり瞬く間に、結界の全てを覆い隠した。

「俺の影はどこでも広がれる。結界のおかげで広げるのが簡単だったよ。俺のためにわざわざ用意してくれて有難いくらいだ」

 皮肉の入ったセリフを口にしながら、影を通してエクトスが王都の上空に現れる。突然世界が黒く覆われたのだから、王都の人々は混乱の最中だろう。

 エクトスもそう予想していたに違いない。だからこそ、その違和感にいち早く気が付いたようだ。


「なんだ? これは……」

「静かすぎる、って思ったかな?」

「――アルセリア」

「待ってたよ、エクトス」


 エクトスが見下ろす先に、僕と師匠は立っている。エクトスの視界には、僕たち二人しか映っていないはずだ。


「これは驚いたな。まさか君たち二人だけか? 他の住民は? 魔術師たちもいただろう? わが身可愛さに逃げ出すとは……さすが人間だ」

「――そう決めつけるのは早計じゃ。古き者よ」


 エクトスが声に反応して視線を僕たちから逸らす。僕たちの背後、何もない空間から突然現れたのは学園長だった。


「君は……」

「こうして顔を会わせるのは初めてじゃな? ワシはアレイスター・レイン。ここにある学園の長じゃ」

「現代魔術界のトップか。見たところご老人じゃないか。そんな人に古い人間と呼ばれるなんて思わなかったよ」

「はっはっはっ、お主は見た目通りの年齢ではないであろう? それに、ワシの大事な学園と王都を踏みにじる敵じゃ」


 学園長は静かに怒り、エクトスを睨む。普段は隠している威圧感と貫録を全開にしている。本気の目を見るのは僕も初めてだ。


「エクトス、かつての偉大な賢者に魔術師として敬意を表したいところじゃが……お主は少々素直過ぎるのう」

「どういう意味かな?」

「襲撃予告をしておいて、その通りに攻め込んでくる。素直じゃな。故に対策も容易にできたわい。見て気付かぬか? この街のあり様に」


 学園長が右手をさして街中を示す。すでにエクトスも気づいている。街の中には誰一人いない。

 僕と師匠、学園長以外は視認できない。ただし、気配はある。今もたくさん人々が暮らしている。ここではない王都で。


「そういうことか。驚いたな。現代に使い手がいたなんて、【水の都アトランティス】か」

「やはり知っておったか」


 学園長はニヤリと笑う。


「その通りじゃ。ここはワシの魔術で生み出した偽りの王都! 水の大結界【水の都アトランティスじゃ】」


 水は光を反射して、虚像を見せることがある。水面に自身の顔が映るように、鏡と同じ性質を持つ。そして水は変幻自在、形はいくらでも変えられる。

 学園長の術式は、王都の街並みを高密度の水と魔力で再現している。実際の王都は、この結界の外側で今もある。

 街の人たちは今日のことを知らない。王都に危機が迫っていることも、こうして僕たちが立ち向かおうとしていることも。


「知らずともよいのじゃ。ワシらの役目は、王都の平穏を守ること。ならば人知れず、平穏を壊す者共を打ち砕くまでじゃ」

「中々面白いことを考えるじゃないか。でも、たった三人でどうにかしようなんて驕りがるぎるんじゃないか?」

「三人なんて誰が言ったよ!」


 そう、誰も言っていない。エクトスの戦力を甘く見るほど、僕たちは自分の力を過信していない。全てをかけてようやく渡り合える相手だ。だからこそ、僕たちにできる全てをかける。


「シルバ・ヘルメス……」

「お、なんだよ。俺のこと覚えててくれたのか?」

「覚えているよ。隣の君もだ。グレイ・ヘルメス」


 シルバ兄さんの隣にはグレー兄さんの姿もある。二人だけじゃない。次々に魔術師たちが姿を現していく。王都に属する国家魔術師と……。


「フレイ! あれが噂のエクトスか」

「ああ」

「なるほど、強そうだな」

「エヴァン様のほうが強そうですわ」


 エヴァンにエレナさん、学園の生徒も一部参加している。今、この場所にある戦力の全てを使ってエクトスを倒す。そのために準備してきた。


「どうじゃ? まだ足りんか?」

「ふっ、そうか、ならば心置きなく始めよう」


 エクトスの背後、結界を覆った影の中から複数の魔物が姿を現す。そしてより強大な力を放つ二体の魔神も……。


「戦争の時間だ」

「来るぞ! 皆の者構えるのじゃ!」


 学園長の号令が響く。最初に動き出したのはエクトスが召喚した魔物たちだった。偽りの王都に放たれた魔物たちが一斉に押し寄せてくる。

 そこへ踏み出したのはエヴァンたちだった。


「魔物の群れか! 僕の嵐で吹き飛ばしてあげよう!」


 エヴァンが得意としている風魔術【暴渦繚乱ウルテンペスト】。荒々しい竜巻を生成する魔術によって、押し寄せる魔物たちの行く手を阻む。


「通りたければ通るがいい! ただし覚悟がいるぞ魔物どもよ!」

「さすがですわエヴァン様! 私も負けていられませんね」


 エヴァンに続くエレナさんも前に出る。彼女の魔術【流々舞闘】は、学園長の魔術と相性がいい。地形を形作っている水も利用して、竜巻に阻まれている魔物たちを足元から攻撃する。

 鋭い刃のように変形した水が、魔物たちの足を貫く。


「いいぞエレナ! 君の魔術も仕上がっているな!」

「ありがとうございます! 嬉しいですわ」


 二人とも、以前戦った時より成長しているのがわかる。エヴァンは竜巻の威力も規模も、あの時よりも強い。エレナさんの魔術も効果範囲が広がっている。

 僕たちが旅をしている間に、二人は自身の魔術を磨いていた。今の二人なら、安心してみていられる。もっとも、見ている余裕はすぐになくなる。


「フレイ、そろそろ」

「はい」


 魔神とエクトスが動き出す。

 視線を向けると、エクトスが二体の魔神に話しかけていた。


「プロメテア様、ドーム様、どうかよろしくお願いいたします」

「よいじゃろう。ワシを再びこの世に呼び起こしてくれた主には感謝しておる。一度くらい我儘を聞いてやらんとなぁ」

「ありがとうございます。ドーム様」

「氷の賢者……その弟子はどこだ? あの屈辱を晴らさねばならんのだ」


 炎の魔神が僕を見つける。途端、恐ろしい形相がさらに激しい怒りで変化し、感情の高ぶりによって荒々しい魔力が放たれる。


「見つけたぞ! 氷の賢者あああああああああああああああああ」

「プロメテアめ、せっかちな奴じゃのう」

「それでは失礼します」


 そう言い残し、エクトスは自身の影の中にもぐってしまう。


「フレイ、エクトスが!」

「わかっています。けど今は、こっちの相手が先決です」


 激しい怒りをぶちまけながら、炎の魔神プロメテアが突っ込んでくる。狙いは間違いなく僕だ。前回の戦いで僕に倒されかけたことが、魔神のプライドを傷つけでもしたか。


「手筈通りにお願いします」

「うむ。そっちは任せたぞ」

「負けちゃ駄目だよ」

「もちろんですよ」


 僕は胸の前で両手を合わせ、魔力を全身に循環させる。背中には氷の翼を生やし、拳には極限まで精度を高めた冷気を纏わせる。

 迫る魔神に向って飛び立ち、真正面から拳をぶつける。炎の拳と冷気の拳がぶつかり合い、一撃の接触で空気が振動するほどの爆発が起こる。


「待っていたぞこの時を! オマエを全てを燃やし尽くしてやろう!」

「今度こそ完全に封印する! 三度目はないぞ!」

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