102.魔神大戦②

「よくここがわかったね。俺を追ってきたのか? つけらえてる気配はなかったはずなんだけど」

「お前が間抜けだっただけじゃないか? 現に僕たちはここにいる」

「そうだね。事実はそうだ。だけど俺はこれでも自分の魔術には自信がある。俺を追跡できる魔術師なんていないと思っていたんだ」

「だった僕が初めてになるな。生憎光栄とは思わないけど」


 皮肉を口にする僕に対して、エクトスは平然とした表情で身構えている。口ぶりから驚いてはいるみたいだけど、動揺しているようには見えない。

 会話の中で僕たちを分析して、自分が追跡された原因を探っているような……。


「……ああ、なるほど。これは迂闊だったな」


 エクトスが小さく笑う。何かに気付いたような話し方をしている。そして微かに、何かが砕ける音が聞こえた。


「――!?」

「フレイ?」

「……こうもあっさり気付かれるのか」


 エクトスからの魔力供給が止まった。彼に張り付けた【追塊】が破壊されたみたいだ。

「やるじゃないか。君の器用さはアルセリア以上だね」

「私は大雑把みたいな言い方はやめてほしいんだけど?」

「事実そうじゃないか。君は昔からやることなすこと、行き当たりばったりで雑だった」

「う……」


 師匠が口を紡いだ。否定できない事実なんだな……。


「そ、そんなこと今はどうでもいいだろ! ついに追い詰めたんだ! 覚悟してよ、エクトス」

「随分と強気だね? 君一人じゃ、俺に勝てない癖に」

「う、うるさいな! 別にいいんだよ! 私は一人じゃないんだから」


 師匠は一人じゃない。そう、僕が一緒にいる。今まで通りずっと、それを師匠の口からハッキリと聞こえたことが、僕にはなにより嬉しい。


「ふっ、そういうところも相変わらずだ。他人を信じきってる目……理解に苦しむよ」

「だったら最後まで苦しんでればいい。師匠は一人じゃない。お前は一人で寂しそうなままだ」

「――まったく、師匠が師匠なら、弟子も弟子だな。どっちも不快で仕方がない」


 エクトスの表情が変わる。さっきまでのは雑談でしかなった。彼の全身からあふれ出る魔力と殺気に当てられて、僕と師匠は臨戦態勢をとる。


「師匠」

「うん、わかってる。いつでもいけるよ」

「……正直に言うと、君たちは期待していたんだ」

「期待?」


 一体なんの話をしているんだ。エクトスが僕たちに期待?

 それはどういう意味の期待なんだ?

 奴の思惑を邪魔し続けた僕たちに向ける期待なんてあるのか……。


「ああ、期待だ。君たちが俺の代わりに心臓をすべて集めてくれるってね」

「なっ……何を言って」

「心臓集めは面倒なんだ。世界中あちこちに散らばって、周りに影響を与えているから簡単には回収できない。強すぎる力には困ったものだ。その煩わしい作業を代わってくれるのなら、悪くないと思っていたんだけど」

「……師匠」

「わからない。私にもさっぱりだよ。でも……」


 僕と師匠は感じていた。エクトスの口調や態度から、感覚でしかないけど……嘘をついているようには見えない。本心から僕たちに期待していたような口ぶりだった。


「どういうことだ? お前の目的は魔神の復活だろう? 僕たちは魔神を復活させるために心臓を集めているんじゃない」

「ああ、そうだね。その目的に変わりはない。ただ、君たちが知らないことを俺は知っているだけだ」

「さっきから何の話をしているんだ!」

「君も知らない話だ。アルセリア、知っているのは千年前も今も、俺ただ一人だからな」


 相変わらず何の話をしているのかはわからない。わからないけど直感する。この男が思い描いている未来は、僕たちが想像している最悪よりもさらに酷いものだと。

 この男は危険すぎる。


「いきますよ師匠!」

「う、うん! よくわからないけど、このまま逃がすわけにはいかないしね」

「はい。ここで決着をつけましょう」

「生憎だけどそれは叶わない」


 エクトスがパチンと指を鳴らす。次の瞬間、洞窟全体に彼の影が広がる。僕と師匠は咄嗟に足元を凍結させ、彼の影に取り込まれないよう防御した。

 しかし狙いは僕体ではなかった。彼が広げた影の中から、複数体の魔物が出現する。

「魔物!?」

「影の中に飼っていたのか!」

「そうだよ。俺が持ってる魔物の中でも中々の個体だ。俺の影で強化もされている」


 それは感覚でわかる。出現した魔物たちはどれも見たことがない姿をしていた。黒い影で覆われ、魔物としての原型がわからなくなっている。辛うじてわかるのは、四本足の魔物だということだけだ。


「そいつらと遊んでいくといい。俺は行くから」

「待てエクトス!」

「そう焦らなくてもすぐに会うさ。今から二週間後、俺は再び王都を攻める」

「な……」


 いきなりの宣告に動揺する。気が緩んだ一瞬を魔物に攻め込まれるが、師匠が生成した氷の壁で防御される。


「フレイ!」

「すみません師匠!」


 師匠から視線をエクトスへ戻した時には、彼の身体は影の中に半分以上沈んでいた。彼は余裕をみせるようにゆっくりと影の中へ消えていく。


「手持ちの心臓は二つある。二体の魔神と俺が飼いならした魔物たち、その全てを使って攻め込むつもりだ。もちろん狙いは王都のどこかに隠された心臓と、俺の邪魔をする者たちの排除……いい加減、邪魔者は消さないといけないだろう?」

「エクトス!」

「それじゃまた会おう。死に物狂いで抵抗してくれよ。そうじゃなきゃ、やりがいがない」


 そう言い残し、エクトスは消えてしまう。彼の消失後、洞窟を覆っていた影も消滅し、僕たちを襲っていた魔物も消滅する。


「フレイ! 追わなきゃ!」

「無理です。追跡用の結晶は破壊されました。今から追いたくても、どこへ行ったのかわかりません」

「そんな……」

「くそっ」


 せっかくのチャンスだったのに、結局いつも通り逃がしてしまった。自分の不甲斐なさに腹が立ってくる。


「すみません、師匠」

「謝らないでよ! 私も同じだから。それにエクトスは逃げるのが上手いんだよ」

「それを考慮した上で、決着をつけるつもりだったんですが……」

「仕方ないよ。あいつ……まだ本気を出してない。私たちと戦った時も、どこか余裕を残していた気がする。私が知らない千年間で、あいつはもっと強くなったんだ」


 千年前のエクトスより、今のエクトスは強い。落ちこぼれだった僕が師匠の元で修行し強くなれたように、人は時間をかけて成長できる。

 エクトスの場合は千年だ。どういう方法で生き延びたのかわからないけど……ひょっとしたらそこに強さの秘密が隠されているのかもしれない。


「それでどうするの? エクトスのさっきの話」

「……王都に戻りましょう。あれが本当だとしたら、王都が危ない」

「そうだね。嘘ならまた出し抜かれることになっちゃうけど」

「今回ばかりは仕方ありませんよ。本当だった時に……全てを失うかもしれないんです」


 エクトスが所持する二つの心臓。炎と大地の魔神を復活させ、エクトスが所持する魔物たちを王都に放つ。そんなことになれば、王都は間違いなく崩壊する。多くの人たちが命を落とす。


「早急に戻って対策を考えましょう。兄さんたちとも合流しないと」

「そうだね。エクトスとの全面戦争……なるんだ」

「はい」


 魔神が二体にエクトス自身もいる。王都で起こった前回の戦闘より、はるかに激しく厳しい戦いが起こることは明白だ。

 これは僕も、今以上に覚悟を決める必要がありそうだ。


 そして、時間は瞬く間に過ぎて――

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