83.楽しい時間はあっという間に

「怒られちゃいましたね!」

「フレイが私をからかったりするからだよ!」

「僕のせいですか? 師匠が可愛すぎるのがいけないと思いますよ?」

「私のせいでもないよ!」


 僕たちは不毛な言い合いをしながら走って店を離れた。

 それなりに全力で走っていたけど、ちゃんと手は繋いだままだ。

 しばらく走って、大通りの手前までたどり着き、僕たちはゆっくり走る速度を下げて歩く。


「はぁ……ここまでくればいいですよね」

「そうだね。はぁーもう、いきなり疲れちゃったよぉ」

「ははっ、それじゃあ師匠、この後は行きたい所とかありませんか?」

「え、私が決めちゃって良いの?」


 僕はもちろんと言いながら頷く。


「師匠のお願いを聞くって約束でしたからね。それに今朝決めたばかりですから元々の予定はありません。師匠の行きたい所を優先しますよ。あ、でも特になければ僕が適当に探しますから」

「うーん、行きたい所かぁ~」


 いきなりだったし師匠も咄嗟に出て来なかったみたいだ。

 師匠は繋いだ右手を前後にぶんぶん振りながら考えている。


「あ! じゃあ服を買いに行きたい!」

「服ですか?」

「うん! これからまたいろんな場所に行くでしょ? あったかい服とか、涼しい服とかいっぱい用意しておきたい!」

「今後を見越して、ですか。さすが師匠ですね」


 デート中でもこれからの旅路を考えていることに感心していると、師匠は僕をチラチラみながらモジモジし始める。


「そ、それもあるけど……それだけじゃないよ?」

「そうなんですか? じゃあどういう意図が?」

「どういう意図って、わかんない? ほら女の子としては、やっぱり可愛い服とかたくさんほしいし……さ。好きな人の前ではおしゃれしたいなーなんて」


 師匠は話しながらチラッと僕のほうを見て反応を確かめている。

 これは駄目だ。

 非常に良くない。

 いや良いんだけど、また師匠を怒らせてしまいそうだ。

 だからって我慢できそうにない。

 恥ずかしがりながら最高に可愛いことを言う師匠に、思わず僕は片膝をつく。


「フレイ!? ど、どうしたの?」

「師匠の可愛さに耐えられなくて膝の力が抜けました」

「なっ、またそう言うこと言って」

「事実ですよ。というかわざとやってませんか?」

「え、え? 何が?」


 キョトンとする師匠を見れば、わざとじゃないことは明白だ。

 そもそも師匠にそういう計算が出来るとは思えないし、単に天然なのだろう。

 天然だからこそ、破壊力は抜群だった。


「駄目だ……抑えられない。師匠の可愛さを今すぐ叫びたい」

「そ、そんなことしちゃ駄目だからね!? 絶対に駄目だよ!」

「じゃあ耳元で囁いても良いですか?」

「そ、それも駄目! あ、あれは破壊力が強すぎて……私が立ってられなくなるから」


 師匠は顔を真っ赤にして、目を逸らしながら答えた。

 耳元で囁かれた時のことを思い出しているのだろうか。

 仕方がないので僕は爆発しそうな思いを必死に耐え、落ち着きを取り戻して立ち上がる。


 その後は師匠の要望通り服を買いに行った。

 女の子の服には詳しくないから、適当に商店街を巡って良さそうな店を見つけて中へと入る。

 女性物の衣類を取り扱っているお店は、中の雰囲気からして独特で、男の僕には正直あまり居心地の良い環境ではなかった。


「わぁ~ さっすが王都だね! 可愛い服がたくさんだよ」

「そうですね」


 まぁ師匠が楽しそうだから良しとしよう。

 右を見ても女性服、左を見ても……女性物の下着が並んでいる。

 師匠と一緒だからか変に意識してしまうな。


「どれが良いかな~」

「適当に気に入った物を試着してみたらどうですか?」

「そうだね! 似合ってるかフレイが見てね!」

「任せてください」


 もっとも師匠ならどんな服を着ても可愛いに決まっている。

 可愛くないはずがない。

 そういう意味では僕にとって服なんてなんでもいいのだが……。


「じゃあこれとこれ! 試着するから待っててね!」

「わかりました」


 試着用のスペースに師匠が服を持って入る。

 しばらく待っていると、閉められたカーテンがしゃーと音をたてて開く。

 師匠が好きな水色のワンポイントが入った白いワンピース。

 幼い容姿も相まって、女性というより少女チックな可愛さが引き立つ。

 着替え終わった師匠は、ちょっぴり恥ずかしそうにモジモジしながら僕に尋ねる。


「ど、どうかな?」

「最高に可愛いですよ!」

「ほ、本当? じゃ、じゃあ次も着てみるね?」

「はい! 期待してます」


 やっぱり師匠は何を着ても最高に可愛くなる。

 師匠も褒められて嬉しかったのか、上機嫌に次々と試着していく。

 その全てに正直に、可愛いと答えていく流れを五回ほど続けたところで、嬉しそうだった師匠がムスッとして言う。


「ねぇフレイ、さっきから全部に可愛いって言ってるよね?」

「そうですけど? ちゃんとどこが可愛いかも言ってますよ?」

「そ、そうだけどさぁ。じゃあどれが一番良かった?」

「全部ですね」


 僕はキッパリと答えた。


「やっぱり……フレイって私が何を着ても可愛いって言いそうだよね」

「当然じゃないですか。師匠は何を着ても可愛いんです。なぜなら師匠が可愛すぎるから」

「んぐっ、それじゃ参考にならいんだよ!」

「そう言われても……」


 可愛い物は可愛いんだから仕方がない。

 順位付けだって不可能だ。

 師匠の可愛さが一番なんだから、何を着ても一番に決まっている。


「それなら師匠の好みで選んでください。僕は師匠なら何でも可愛いと思いますし、だったら後は師匠の好みです。ほしいなら全部買いましょう」

「ぜ、全部? そんなのお金が足りないんじゃ……」

「お金の心配なら無用です。特級に認定された時、旅の必要資金ってことで屋敷を建てられるくらいのお金は貰ってるので」


 現代魔術界の最高位である特級は、与えられる権力財力共に桁違いだ。

 僕にも王都の貴族と比べてそん色のない金額が支払われていた。

 それは特級に対する期待の大きさに比例する。

 このお金をどうするかは僕の自由だ。

 最終的に目的さえ果たせれば問題ない。

 僕はすでに魔神の心臓を一つだけど回収している。

 多少の後ろめたさはあるが、ちゃんと働いているんだから文句は言わせない。


「それをこんなことに使っちゃうのは良くないんじゃ……」

「必要なことですよ! 師匠だって言ってたじゃないですか。ただのおしゃれじゃなくて旅先で必要な衣類なんですから」

「そ、そういうことなら……いっか」

「はい。責任は僕が持ちます。師匠の好きな服、全部買いましょう!」

「うん!」


 師匠は子供みたいにはしゃぎながら服を選ぶ。

 そんな師匠の楽しそうな姿を見て、デートにさせって良かったと満足しながら、あっという間に時間が過ぎていった。

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