82.手を繋ぐだけで

 朝食を終えた僕と師匠は王都の街へ繰り出すことにした。

 セリアンナさんには楽しんできてねと言って貰えた。

 唐突に決まったデートだけど、僕も師匠と久しぶりのデートで浮かれ気味だ。

 基本的にいつも一緒だし、ついこの間まで二人で旅をしていたことは確かだけど、デートはやっぱり特別な意味を持つ。

 恋人同士で過ごす恋人らしい時間。

 ただ遊びにいくわけじゃなくて、恋人同士が互いに意識し合って過ごす大切な時間は特別なんだ。


「うぅーん! 今日も良い天気だね」

「ですね。日差しがちょっと強いくらいです」

「うん。あと昨日より風が強いかな?」

「あーそうですね。ちょっと強いかも? あんまり気にならない程度ですけど」


 師匠に言われて意識して気付く。

 昨日はほとんど無風状態だったし、言われてみれば風が強くなったと思うくらいだ。

 日によって風の強さは違うし、いちいち気にしたことなんてなかった。

 今も師匠に言われなければ気付くこともなかったと思う。

 師匠もどうして風の強さなんて口にしたのか。

 普段の師匠なら気にもしないことなのに。

 もしかして師匠……そんな些細なことが気になるくらいデートで緊張しているとか?

 そうだとしたらこの上なく嬉しいな。

 僕のことを意識してくれているという証拠だから。


「師匠、今日のデート中、僕は師匠の言うことは何でも聞きますからね?」

「え、なんでも? 良いの?」

「はい。怒らせてしまったお詫びです。ここに行きたいとか、何かしてほしいことがあれば遠慮なく言ってください」

「なるほど! そういうことなら遠慮しないよ! あとになって後悔しても遅いからね?」


 元より大切な師匠からのお願いなら断らないだろう。

 デート中はとか言っちゃってるが普段からそのつもりだ。

 もちろん、無理難題とか別れ話とかは別だけど。


「後悔なんてしませんよ。それじゃさっそくですが、何か僕にしてほしいことってありませんか?」

「じゃあデート中は手を繋いで欲しいな!」

「え、そんなことで良いんですか?」

「うん!」


 元気一杯に返事をする師匠。

 そんなのお詫びにならない気がするんだけど……とか思いながらもちろん断る理由はない。

 むしろ手なんていつでも繋ぎたいくらいだ。


「それくらいなら喜んで」


 僕は師匠のお願い通りに手を繋ぐ。

 僕の左手と、師匠の右手が触れ合い硬く握る。

 当然、握り方は恋人繋ぎだ。

 互いの指を絡め合って離れないように。


「えへへ~ デート中は離しちゃ駄目だからね?」

「わかってますよ」


 僕と手を繋いだ師匠はいつになく幸せそうで、表情がにやけている。

 恋人になっていろんなことをしている僕たちにとって、手を繋ぐくらいない行為のはずなのに。

 それでも師匠は、今が人生で一番幸せだと言わんばかりにポワポワした幸福オーラを漂わせていた。


「本当、師匠は最高に可愛いですね」

「んなっ! い、いきなりそういうこと言わないでよ!」

「照れてる師匠も可愛いです」

「んもー! 周りに人もいるのに恥ずかしいこと言わないで!」


 そう言ってプンプン怒りながらも繋いだ手は絶対に離そうとしない。

 そんな師匠が可愛くて仕方がない。

 往来じゃなければ今すぐに抱きしめたいところだ。


「デート中はそう言うこと言うのも禁止ね!」

「え、禁止って褒めちゃ駄目ってことですか?」

「そうだよ! 王都なんてどこよりいっぱい人がいるんだから! 人前でなんて恥ずかしくて死んじゃうよ」

「そんな……じゃあ僕はデート中師匠の可愛さを我慢しなきゃいけないんですか?」


 考えただけで恐ろしい。

 そんなの僕にとって生き地獄だ。

 師匠からのお願いならなんでも聞いちゃう僕だけど、こればっかりは阻止しなければ。


「でも師匠、これからデートするんですよ?」

「そ、それがどうかしたの?」

「デートするのに師匠が可愛くても褒めちゃいけないなんて不可能です。だって師匠は普段から可愛い過ぎるんですよ? デート中なんてもっと意識するに決まってるじゃないですか」

「そ、そういうのを止めてって言ってるんだよ!」

「じゃあ師匠は僕に可愛いって言われるの……嬉しくないんですか?」

「うっ……そ、それは……嬉しいけどさ」


 師匠は尻つぼみになりながらそう答えた。

 やっぱり師匠も喜んではくれているみたいだ。

 わかっていたけど言葉にしてもらえてホッとする。


「嬉しいなら問題ないですよね?」

「うぅ……だ、駄目だよやっぱり! 他の人にも聞こえちゃうのは恥ずかしいし」

「だったら他の人に聞こえないようにすればいいですね? 例えばこう――」

「へ?」


 僕は師匠の耳元に顔を近づけ、囁くように言う。


「可愛いですよ、師匠」

「んなっ!」

「これなら師匠以外には聞こえませんし、問題ないですよね?」

「い、良いわけないだろもう! もう! もう! いきなりすぎるんだよ!」


 師匠は顔を真っ赤にしながらポカポカと僕の胸を叩いてきた。

 どうやら思った以上に効果があったらしい。


「それも禁止!」

「えぇ……だったらどうすれば良いんですか?」

「もう普段通りで良いよ!」

「じゃあいつも通り、師匠の可愛さを堂々と口にしますね?」

「うぅ~」


 恥ずかしがりながら言い返せない師匠を見て、僕は勝利を確信した。

 するとそこに、ごほんと大きな咳払いが聞こええてくる。

 僕たちは揃って咳払いが聞こえた方向へ目を向けると……。


「あ……」

「セリアンナさん?」

「あんたら……いつまで店の前でいちゃついてんのさ! デートするならさっさと行きな!」

「「ご、ごめんなさい!」」


 セリアンナさんに怒られて、僕たちは慌てて駆け出す。

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