81.お詫びのデート
閉じられた窓の隙間から朝日が差し込む。
細く長く伸びる光の線がちょうど目元にさしかかって、眩しさで目が覚めた。
「ぅ……もう朝か」
いつもより気だるさを感じつつ、僕は身体を起こそうとした。
けれど何かにがしっと腕を掴まれていて通と半端な体勢までしか起こせない。
その柔らかく温かな肌が、離れないでと言わんばかりに抱き着いてくる。
昨晩のことを思い出しては、身体のダルさの理由がハッキリした。
僕の隣では師匠が寝息を立てている。
幸せそうに、安心しきった表情で眠っている。
布団にくるまっていても他人よりひんやりした肌が心地良い。
「やっぱり師匠は可愛いなぁ」
師匠の髪をさらっと触りながら、そんな当たり前のことを口にした。
なんの変哲もない穏やかな朝。まさに最高の目覚めだ。
トントントン――
そこへドアをノックする音が聞こえてくる。
師匠は一瞬だけビクッと反応したけど、未だ起きる気配はない。
僕は扉のほうへ意識を向ける。
「あ、あの……フレイさん、アルセリアさん」
「フローラか? おはよう」
「あ、はい。おはようございます。えっと、お母さんが朝ごはんを作ってくれたので、き、来てもらえると嬉しいです」
「セリアンナさんが? わざわざありがとう。すぐに行くから待っていてほしい」
僕がそう答えるとフローラはわかったと一言返して去って行った。
ドアの前から足音が遠のくのを確認して、僕は師匠に呼びかける。
「師匠、もう朝ですよ」
「ぅう……もうちょっとだけぇ~」
師匠からゆるい返事が聞こえて来た。
これは師匠、もう起きてはいるな。ほとんど寝ぼけているけど。
普段ならもう少しゆっくりさせてあげるのだけど、せっかくセリアンナさんが厚意で朝食を作ってくれたんだ。
冷める前に頂きたいし、師匠だって朝ご飯を食べ逃したくはないだろう。
「朝ごはんですよ師匠」
「ぅう……ご飯……」
「そうです。セリアンナさんが作ってくれたみたいですから、もう起きないと」
「まだ……眠い……」
師匠はまだ寝ぼけているようだ。
昨日は久しぶりに会えた友人たちと話したり、夜は夜で忙しかったり、師匠が疲れているのはよくわかる。
とは言え、このまま時間だけが過ぎていくのも良くないだろう。
いつまでも二人を待たせたくはない。
仕方ない。ここは心を鬼にして、師匠にはかっちり目を覚ましてもらおう。
「師匠、いい加減起きないと……」
「ぅ……うう!?」
「さぁ起きてください師匠!」
「ちょっ、あははははははははははは!」
僕は師匠の身体を思いっきり擽る。
脇とか足の裏が弱点の人は多いけど、師匠の場合は全身が弱点だ。
僕も最近になって知ったのだけど、師匠は擽られるのが一番苦手らしい。
「ちょ、ちょっとフレイ! く、くすぐったいよ!」
本当はこんなことしたくないんだ。
でも師匠が起きてくれないと困るから仕方なくやっているだけなんだよ。
「もうやめ! 起きてるから! もう起きてるから!」
「……」
「なんで返事してくれないの? というか楽しんでるよね!」
いや全然、まったく楽しくはないよ。
師匠を困らせることだし、いくら涙するほど笑い続ける師匠が見られるからって楽しくはない。
「い、いい加減にしろおおおおおおおおおおおおお」
「痛っ!」
師匠が擽る僕の手にがぶりと噛みついて、痛みで思わず我に返った。
◇◇◇
「……」
「あの、師匠」
「……なに?」
「まだ怒ってるんですか?」
「別に、怒ってないけど」
そう言いながらプイっとそっぽを向いてしまう。誰がどう見ても怒っているのは明白だった。
「そろそろ機嫌直してくださいよ師匠」
「だから怒ってないよ? フレイにいじめられたなんて思ってないしね!」
「思ってないなら言わないでくださいよ……」
朝から師匠はご立腹だった。
用意してもらった朝食をパクパクと食べながら、プイプイ頬を膨らませている。
何度も謝っている僕のほうには顔も向けてくれない。
「なんだい? 朝から痴話喧嘩かい?」
「そんな感じです」
一緒に朝食を囲んでいるセリアンナさんはニヤニヤと楽しそうに笑いながら僕たちを眺めている。
フローラは対照的に、僕たちを見る目が心配そうだ。
師匠が起こっている原因は明白。
今朝のベッドでの起こし方が悪かったからだ。
起きない師匠を起こすために擽ったのだけど、途中から楽しくなってしまった。
「さっきはすみませんでした。さすがに調子に乗り過ぎましたよ」
「フレイが謝ることじゃないよ。起きなかった私が悪いんだもんっ」
「そう思うならそろそろこっちを向いてくださいよ……」
「知らない!」
今回の師匠は頑なに許してくれないな。
いつもなら多少の意見の食い違いがあっても、その場で解決してしまうのに。
いやそもそも、ちゃんと喧嘩したのって今回が初めてなんじゃ……。
「じゃあ師匠、どうすれば僕を許してくれますか?」
「そんなの自分で考えて!」
これは困ったな。
今後の行動について話し合おうと思っていたけど、それどころではなくなってしまったぞ。
先に師匠に機嫌を直してもらわないと。
エクトスとか魔神とか、考えなきゃいけないことは多い。
それでも僕にとっての最優先事項は師匠のことだから。
「わかりました。じゃあ僕に挽回する機会をください」
「……機会って?」
「今日、これから僕とデートしましょう」
「デート!?」
デートと聞こえた師匠はすかさず僕へと視線を向けた。
前のめりに顔を近づけて、師匠の瞳はキラキラと輝いて期待に満ちている。
「はい、デートです。せっかくの休みですし、二人でのんびり楽しみましょう。もちろん行きたくないのなら無理には――」
「行く! 絶対に行くよ!」
「ですか。じゃあデートしましょう」
「うん!」
さっきまでの怒りはどこへやら。
たった一言で怒りを忘れ、ワクワクと幸せいっぱいな笑顔を向けてくる師匠に、僕は内心ホッとする。
師匠がわかりやすい人で助かったよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます