80.真夜中の微笑み

 僕たちは席に着く。

 帰宅した我が家は騒がしく、食事処らしい繁盛した光景が広がる。

 こんなに賑わっているのは初めて見る。

 旅に出ている間にお客さんが増えたのだろうか。

 なんにしろ良いことだ。

 しばらく待って、フローラが料理を運んできてくれた。

 席に着いた時に注文して、もっと時間がかかると思っていたのに意外と早くて驚いた。

 たぶんセリアンナさんが優先してくれたんだろう。

 フローラは料理を並べ終わると自分の仕事へ戻っていく。


「さぁフレイ! 旅のことを語ってもらおうか!」

「良いけど食べながらにしないか? せっかくの料理が冷めるからさ」

「うむ。それもそうだな」


 逸るエヴァンを説得して、僕たちは料理に手を付ける。

 道中も夕食はちゃんと食べていたし、ちゃんとした食事が久しぶりというわけでもない。

 ただこうしてゆっくり食事を楽しめるのは久しぶりだった。

 長く危険物を持ち歩いていたから仕方がないけど。

 師匠も同じで、僕より緊張が解れた様子で食事を頬張りご満悦だ。


「うぅーん! やっぱりここの料理が一番おいしい!」

「ですね」

「さぁフレイ!」

「わかってるよ」


 今日のエヴァンは少々せっかちだ。

 それだけ旅の話が気になるみたいだし、いい加減我慢の限界だと言わんばかりにこっちを見てくる。

 やれやれと思いながらも僕は語り始める。


「何から話そうかな」


 結論だけ先に話して、そこに至るまでの道程を語る。

 食事をしながらゆっくりと、僕たちの身に起こった出来事を語った。

 興味津々に聞くエヴァンと、そんな彼を微笑ましく見つめるエレナさん。

 ジータも僕たちの話には興味があるようで、エヴァンほどじゃないけどしっかり聞いてくれた。

 立場上話せないことも多いけど、話せる範囲で事実を伝え終える。


「炎の賢者様の聖地……精霊……また予想以上に大変な旅だったようだね」

「そうだな。賢者様の旅に比べたら大したことないと思うけど」

「そういうのは比べる物ではないだろう? これは君たちの旅なんだから、君たちが何を感じ、何をしてきたのかが重要だ思うが?」

「エヴァン……珍しく良いこと言うな」

「はっはっはっ! 僕はいつだって良いことしか言ってないぞ!」


 豪快に笑うエヴァンは向かいに座る僕の肩を叩く。

 わざわざ腕を伸ばしてまで叩かなくても良いのに。

 お酒でも飲んで酔っ払たような感じだけど、エヴァンはこれでいつも通りだな。


「僕が何をして、何を感じたか……か」


 彼が言った通りだろう。

 偉大な先人たちがいようとも、それと比べる必要はないんだ。

 これは僕の、僕たちの旅路だから。

 僕が、いや僕と師匠が共に笑い、共に歩幅を合わせて進められたらそれで良い。

 そんな当たり前のことを再認識しながら賑やかな夜を過ごす。

 徐々にお店から人が減ってきた所で、エヴァンたちとも解散することになった。

 僕たちは三人を見送るため外へ出る。


「今日は楽しかったよ。ありがとうみんな」

「こちらのセリフだ。次はいつ出発するつもりなんだい?」

「出来るだけ早くかな? エクトスに先を越されたくないし」

「うむ。それはそうだが明日くらいは休むんだぞ? 無理をして君が倒れたらことだからな。休息も立派な戦いだ」


 エヴァンに念を押され、僕はわかってるよと笑いながら返した。

 一刻も早く魔神の心臓を封印したい。

 逸る気持ちはあっても、エヴァンの心配もわかっている。

 とりあえず今夜はゆっくり休んで、明日からのことは明日になってから考えるとしよう。

 師匠もゆっくり休ませてあげたいしね。


 その後、エヴァンたちと別れて自分たちの部屋に戻った。

 セリアンナさんへの挨拶は簡単に済ませて、長い話は明日で良いよと言って貰えたから。

 僕たちに気を遣ってくれたことがわかって胸が温まる。

 ご厚意に甘えて今夜はゆっくり眠ろう。

 そう思っていたのは、どうやら僕だけだったらしくて……。


「やっとだ」

「師匠?」

「やっと二人きりになれたね? フレイ」

「ちょっ、師匠」


 部屋に入って数秒の沈黙の後、師匠は僕のベッドに座ってそのまま僕の手を引っ張る。

 誘っていることくらい師匠の表情を見ればわかった。

 うっとりとしてとても綺麗だ。


「良いんですか師匠。師匠も疲れてるはずなのに」

「大丈夫! これは別腹だから!」

「僕は食べ物じゃないですよ……」

「ふふっ、食べちゃうのは一緒だよ?」


 師匠は無邪気に僕に近寄り、肌と肌を合わせる。

 師匠がその気なら僕に拒む理由はない。

 ないのだけど、心配だからもう一回確認資料と思って口を開く。


「師匠、やけに積極的ですね」

「だって旅の最中は心臓も持ってたし……心からゆっくりできなかったでしょ? でも今は違うから」

「なるほど……もしかして師匠、今日はずっとこのこと考えてたんですか?」

「そ、そういうこと言わないの!」


 どうやら図星だったらしい。

 普段通りに振る舞いながら、頭はピンク色なことでいっぱいだった……なんて、嬉しすぎるよな。

 改めて拒む理由はまったくない。


「師匠」

「うぅ――! ぅ……」


 唇を重ねるだけの短いキス。

 互いの心を確かめ合うだけの……この先へ進むための挨拶みたいなもの。

 顔を離すと、師匠は僕と目を合わせて微笑んだ。


  ◇◇◇


 真夜中の王都。

 賑やかな日中とは異なり、人通りも減って静けさが漂る。

 それでも世界一の街は賑やかなほうだ。

 夜でも明かりがたくさんあって、暗さという恐怖は薄かった。

 

「――相変わらず眩しい街だな。やっぱり苦手だ」


 一軒の屋根に男が立っていた。

 ロングコートのポケットに両手を入れ、男にしては長い髪を靡かせる。


「でもまぁ、風は悪くない」


 男は夜の冷たい風を感じて目を瞑り、小さく微笑む。

 彼の名はセト・ブレイセス。

 六人の特級魔術師……『風来』の称号を持つ男。

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