79.おかえりなさいの一言で
「まったくつれないではないか! 戻っていたなら親友たる僕のところに顔を出してほしかったものだな!」
「挨拶はいくつもりだったよ。親友じゃないけどな」
「はっはっはっ! 相変わらずクールな男だなフレイは!」
「そっちも変わらず賑やかだな」
賑やかというより、うるさいと表現したほうが正確だけど……。
学園の建物を出たところでエヴァンとエレナさんにバッタリ会って、そのまま一緒に街のほうまで歩いてきている。
変わらないエヴァンの態度に安心しながら、王都へ戻って来た実感が湧いてきた。
魔神の心臓も別の場所に保管したことで、常にあった緊張が解れたのだろう。
自分でも驚くほど気分が楽だ。
「それで今はどこに向かっているのだ?」
「宿だよ」
「あーネメシアか! となると今日はもう休むのか?」
「そのつもりだよ。僕も師匠もさっき戻ったばかりだからさ」
隣を歩く師匠にチラッと視線を向ける。
師匠も僕と同じで、心臓を持っていた時は常に気を張っていた。
それがなくなって気楽になったと同時に、どっと疲れが押し寄せたのだろう。
一緒に歩いていても声が飛んでこないのが良い証拠だ。
「師匠もお疲れみたいだからな」
「ん? あーうん、さすがにちょっと疲れたかな~ 久しぶりの長旅だったからね~」
「師匠の場合はスケールが違いますからね。今日はこのまま宿に戻って、夕食をとったらのんびりしましょう」
「うん。のんびりしよぉー」
師匠が両手をあげてポーズをとる。
疲れながら無理して頑張っているみたいで、見ていて健気で可愛いな。
はたして夜はのんびりできるのか……。
僕の理性と師匠の可愛さ次第だな、うん。
「なるほどなるほど。ならば僕たちもネメシアまで一緒に行っても構わないかな?」
「ん? 僕は別に良いけど」
「私も良いよ? でも大丈夫なの? 家のこととか」
「心配ご無用だ。最近は帰りが遅くなることも増えたからね。多少遅くなってもお咎めはないさ」
「お前はそれで良いかもしれないけどさ」
僕はエヴァンの斜め後ろをお淑やかに歩くエレナんに視線を向ける。
彼女も貴族の一人でお嬢様だ。
あまり遅い時間の帰宅は心配されるんじゃないか?
「ご心配ありがとうございます。ですが私も問題ありませんわ。日を跨ぐほど遅くならないのであれば」
「うむ。僕らも長居するつもりはないよ。二人の話を聞かせてほしいだけだからね」
「僕たちの?」
「君たち二人のことだ。戻って来たということは、何か収穫はあったのだろう?」
エヴァンはニヤリと笑みを浮かべて僕に尋ねてきた。
お見通しだぞ?
みたいな顔をしているけど、それくらい気づけて当然だろうと呆れる。
二人のことは信用しているし、心臓の保管場所以外なら話しても問題ないか。
「ネメシスに着いたらな」
「うむ! 僕は二人の英雄譚を期待しているぞ!」
「変な期待はしないでくれよ……」
全部が全部上手くいったわけじゃない。
二人に話しながら、これまでの反省点でも考えるとしよう。
しかしどうせ話すならもう一人、生真面目な元監視員にもいてほしかったな。
僕がそう考えていると、道の反対側からその人はやってきた。
正面から歩いてきて、僕と目が合う。
「フレイさん?」
「あ、ジータ! ちょうど良い所に」
僕が手を振ると、彼女は駆け足で近寄ってくる。
「おかえりなさい。戻っていたのですね。アルセリアさんもお久しぶりです」
「久しぶり! 今はお仕事中?」
「いえ終わった所です。みなさんは?」
「今からネメシスに行くところなんだ。エヴァンが旅の話を聞きたいっていうから」
エヴァンに視線を向けるとなぜかドヤ顔だった。
どうして自慢げな顔をしてるのかさっぱりわからない。
「ジータもどう?」
「そうですね。お邪魔でなければ」
「もちろん大歓迎だよ! せっかくだし今日はみんなでパーティーだね!」
「そんな元気あるんですか? 師匠」
「大丈夫! みんなの顔見たら元気出てきたから!」
元気さをアピールするように師匠はくるりとその場で一回転。
とにかく可愛いからそれで良し。
たぶん空元気で後から疲れたーとか言うはずだけど、今は気にしなくていいかな。
ジータと合流した僕たちはそのままネメシスへ向かった。
彼女と会った地点が目的地のすぐ近くだったから、移動までの時間は数分。
他愛のない話をしながら歩いていたらたどり着く。
いや、帰ってきた感覚か。
僕たちは玄関を開け、中へと入る。
「いらっしゃいま――あ、フレイさん? アルセリアさんも」
「ただいま」
「フローラちゃんも元気そうだね!」
「お、お帰りなさい!」
フローラは僕たちを見つけると嬉しそうに頬んで挨拶をかえしてくれた。
お店はちょうど営業中で賑わっている。
セリアンナさんは厨房で忙しくしているのだろう。
挨拶したい気持ちはあるけど、後のほうが落ち着いて出来そうだ。
「ごめんフローラ。席って空いてるかな?」
「あ、はい。奥の席が空いてます」
「じゃあそこを使おうかな。ちゃんと注文もするから。あとセリアンナさんには後で挨拶するって伝えておいてほしい」
「わかりました。えっと、ごゆっくり」
フローラも忙しそうだ。
まだ話したそうで、ちょっぴり寂し気だったな。
お店が終わったら彼女とも話そう。
それに……。
「賑わってますね」
「そうだね。返ってきたって感じする?」
「ずっとしてますよ。でもここが一番安心するみたいです」
「ふふっ、私もなんだ」
それはここが、僕たちにとって帰るべき家になっていた証拠で。
とても喜ばしいことだ。
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