78.ただいま

 学園の地下へ続く道は、学園長の部屋に隠されていた。

 壁の本棚を横へずらすと、人一人がギリギリ通れる程度の小さな扉があった。

 その中に入ると、大人が大の字で寝転がって丁度良いくらいのスペースに、転移用の術式が刻まれた台座が設置されている。

 学園長が転移の術式を発動させると、部屋の中にいる僕たちが移動する。

 瞬きの間に地下室の入り口だ。

 目の前にある鋼鉄の扉以外は何もない。

 左右も後ろも壁で、後ろの壁には戻るための転移術式が刻まれている。

 学園長の部屋から通る以外、ここへたどり着くルートはないようだ。


「ここも明るさが必要ですね」

「そうじゃのう。まずは中を見てからじゃが」


 話しながら学園長は扉の前に立つ。

 扉の中央には姿が反射して見える程ピカピカな黒い石板がはめ込まれていた。

 学園長は石板に右手をかざす。


「指紋と魔力の認証。この二つがなければ扉は開かん仕組みじゃ」

「学園長しか開けられないんですね」

「うむ。強度もそれなりじゃ。仮に魔神の攻撃でも、一撃は防ぐ防御力をもっておる。攻撃が加われば、強制的に転移術式が発動し、外へ出される」

「一撃でも防げれば、侵入者を一旦外へ出せるってことですね」


 悪くはない警備だ。

 防御力に関しても、実際に魔神と拳を交えた僕なら重々わかっている。

 あの一撃を耐えるとなれば、僕やエクトスでも簡単には破壊できないだろう。

 他にも魔術による結界が何重にも施されているようだ。

 確かにここなら安全に保管できるかもしれない。

 あとの問題は……。


「うわっ! まぶしっ」

「これ……タイルが全部光ってるのか?」

「その通りじゃよ」


 中に入った途端襲い掛かる眩しさに、師匠はビックリして目を瞑った。

 僕も同じだった。

 眩しすぎて、真っ白過ぎて、目が痛くなるほどに。

 壁や天井、床も全てが光っている。

 よく見ると一枚一枚のタイルに魔力が流れていて、それぞれが独自に光を放っているようだ。

 床も光っているから影が出来るポイントはない。

 現に僕たちが中に入っても、床のどこにも影は出来ていない。


「ま、眩しすぎ! エクトスから隠すなら良い場所だけど!」

「はっはっはっ、ならば合格ということで良いかのう?」

「私は賛成。フレイが良いならもうやっちゃっていいよ!」

「了解しました」


 師匠が良いというなら僕も賛成だ。

 僕は氷漬けになった魔神の心臓を取り出し中央の床に置く。

 そのまま数歩下がった所で、両手を合わせて術式を発動させる。


 氷麗操術――


「封結……八結晶!」


 心臓の真下から氷の柱が生成され、心臓を上へと押し上げる。

 畳みかけるように周囲七か所から氷の柱が斜めに伸び、心臓を貫き交差する。

 八つの柱で心臓を貫き凍結する氷麗操術最大の封印結界だ。

 師匠が囚われていた氷の柱の八倍の封印と言ってもいい。


「おお……素晴らしいのう」


 感動する学園長はまるで子供みたいに目をキラキラさせていた。

 思い返せば学園長の前で術式を使ったのは、これが初めてだったかもしれない。

 喜んでもらえているようで嬉しい。

 けど、僕にとっての一番はやっぱり……。


「こんな感じでどうですか? 師匠」

「うん! 完璧だよ!」


 師匠の言葉と、師匠の笑顔だ。

 二つが揃って安心して、僕は改めて封印した心臓へ目を向ける。

 影は出来ていない。

 エクトスでも、この封印を簡単には破れないはずだ。

 ただ……。


「フレイ?」

「……師匠、あいつ、エクトスは封印術式に詳しいんですか?」

「ん? そういうわけじゃなかったよ? 器用な奴ではあったけど……あーそういえば、あいつはどうやって封印を解いたんだろ?」

「そこが僕も気になってました。炎の賢者様の封印をどうやって解いたのか……」


 あの時はフィアに呆れていた僕だけど、冷静に思い返すと不自然だ。

 封印が施されていた場所には、何かを破壊した形跡がなかった。

 もし封印そのものを解除するなら、その手順を知った上で特定の工程が必要になる。

 僕が師匠の封印を、師匠の術式を会得することで解除したように。

 そうでないなら破壊するしかない。

 破壊を試みて成功させたなら、もっと現場が荒れているはずなんだ。

 しかし実際は綺麗なもので、心臓だけがすっぽりなくなっていた。


「エクトスは何らかの封印を破る手段を持っているのでしょうね」

「そうだんだろうね。あいつはいつもめんどくさいな……とにかく侵入を防がないと」

「はい。そのためにも」


 僕は学園長に視線を向ける。


「わかっておる。入り口から転移の部屋に至るまで、影を消す仕掛けを施しておこう。あとはワシじゃな」

「はい。直接の侵入が難しいなら、あいつは鍵となっている学園長の手を狙うはずです」

「理解しておるよ。その上で心配はいらん。ワシは仮にも特級じゃ。早々やられたりはせんよ」

「そこは信用しています」


 信用するしかない。

 ここでも安全でないのなら、本当に僕たちが四六時中持ち歩くしかなくなる。

 そしてその場合、僕たちのいる場所が常に危険地帯になるわけだから……。

 そうなったら人が多い王都には残れないな。


「あとはワシの仕事じゃ。君らは休むと良いぞ? 友人たちも心配しておるじゃろ。元気な顔を見せてやったらどうじゃ?」

「そうですね。そうします」

「うむ。では何かあれば訪ねてくると良い。出発前も声をかけてくれると助かるのう」

「そのつもりです」


 こうして僕たちは学園長と別れ、一足先に地上へと戻った。

 部屋の眩しさに目が慣れ始めた後だったから、ただの部屋がとても暗く見えてしまう。

 僕たちは目を慣れさせながら学園の中を歩き、建物の外へ出る。


「ぅ、うーん! これで一先ずは安心かな?」

「ですね」

「じゃあ宿に戻ろっか? 久しぶりにゆっくりできるよ」

「ええ」


 その前に、彼らに挨拶をしておきたかったけど……。

 見つけられないし明日にする――


「懐かしい気配を感じたと思ったらやはり君だったか!」

「驚きですわ。本当に戻っていらっしゃったのですね」


 後ろから声が聞こえた。

 それはちょうど頭に思い浮かべていた声で、想像と同じくらいやかましい。

 そのやかましさにホッとしてしまう自分がいて、思わず笑う。

 僕たちは振り返る。


「おかえり! フレイ! アルセリアさんも!」

「おかえりなさい」

「――ああ」

「ただいま!」 

 

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