77.心臓の保管場所

「学園に戻るのも久しぶりだな……」

「まだそんなに経ってないよ?」

「ははっ、ですね。見て来た場所が強烈だったから、懐かしく感じるだけなんでしょう」


 僕と師匠は学園へと帰還した。

 父と戦った入り口を抜け、少し前まで通っていた学園の建物が目の前にある。

 今も在学中ではあるけど、もうここで講義を受けることはないだろう。

 そう思うと多少寂しくはある。

 僕は自然に周囲を見渡す。


「いないか」

「ん? 何か言った?」

「何でもありませんよ。行きましょう」

「うん」


 僕たちは二人並んで学園の中を進み、建物に入って真っすぐ学園長の部屋を目指した。

 道中、僕たちを見てヒソヒソと話す様子が見受けられたことが気になった。

 少なくとも以前のような嫌な視線ではなかったけど、師匠以外に見られて嬉しくはないからな。 

 師匠は気にしていない様子だったし、僕も変に意識しないようにした。

 部屋の前に到着した僕は、扉をノックする。 


 トントントン――


 三回のノックの後で、僕は中に呼びかける。


「フレイ・ヘルメスです」

「――中へ」

「失礼します」


 許可が得たところで扉を開け、学園長室へ踏み入る。

 何度も来ている場所だし緊張はない。

 隣に立つ師匠も、軽い足取りで堂々としていた。

 とは言えもちろん、礼儀正しく振舞いながら。

 中で待っていた学園長がニコリと微笑む。


「よく戻ったのう。フレイ、それにアルセリア殿も。そう畏まらんでも良い」

「いえ、一応生徒と学園長ですから」

「はっはっはっ、君がそういうことを気にするとは意地じゃな。しかし構わん。ワシらは同じ特級に属する術師じゃ。故に上下はない。ここへも生徒としてではなく、特級魔術師フレイ・ヘルメスとしてきたようじゃしのう」


 話しながら学園長が視線を向けたのは、魔神の心臓が入っているカバンだった。

 ここまで近づけば、異質な気配にも気づくみたいだ。

 心臓だけでは微弱な気配とは言っても、さすが特級魔術師アレイスター・レインと言えるだろう。


「回収できたようじゃな」

「はい。ただ一つはエクトスに奪われてしまいました」

「ほう、そうじゃったか。詳しく話を聞かせてもらってもよいかのう?」

 

 僕は頷き肯定し、学園長に報告を済ませる。

 王都を離れていた期間は短くても、体験した内容の濃さもあって説明には時間がかかった。

 最後まで話し終えると、学園長はゆっくり頷いて口を開く。


「ご苦労じゃった」

「いえ、一つは奪われてしまいましたので」

「じゃが成果は得られたのじゃろう? 賢者の聖域を突破し、その知識と力を継承したことは今後の戦況を大きく左右するじゃろう。ワシも精霊に会ってみたいものじゃな」

「兄さんが戻ったら見られますよ。あまり期待するほどの愛艇じゃないですけどね」


 師匠に対して無礼だし、生意気だしな。

 兄さんに絶対服従してからはまだマシになったけど。

 僕は炎の精霊フィアを思い浮かべる。

 あんな生意気な精霊を従えていたなんて、きっと炎の賢者様の苦労しただろうな。

 やれやれと心の中で呟きながら、僕はカバンから心臓を取り出す。


「それが魔神の心臓じゃな?」

「はい」

「危険性は?」

「凍結された状態ならありません。僕や師匠以外が触れると一緒に凍ってしまうので、危険と言われれば危険ですけど」

 

 氷麗操術で凍結している間は、外部から魔力を注ぐことも不可能だ。

 この状態からの復活は考えにくい。

 ただし、僕たち以外にも凍結を解除できる者はいる。

 僕たちと同等かそれ以上に術師なら、この封印も破れてしまう。


「学園長、この心臓の保管場所について相談したいと思っていました」

「保管場所のう。ワシとしては、君が持っているほうが安心なのじゃが……」

 

 そう言って心臓に目を向ける。

 難しい顔をした学園長は、再び僕と視線を合わせる。


「これを常に持ち歩くというのは中々に酷じゃな」

「ええ。何より敵地に行くわけですから」

「うむ。ならばワシの所で保管しよう。この学園の地下に、魔術実験用に作られた部屋がある。あそこは内外の移動を完全に遮断しておる」

「そんな部屋があったんですね」


 知らなかった。

 公開されている学園の間取りにはそんな部屋は記載されていなかったはずだが。


「元々ここは実験のための施設じゃったからな。まぁ昔の話じゃが、あそこなら早々奪われはせんじゃろう。その代わり警備はつけられんが……まぁ相手が相手じゃ。並みの術師では意味もないじゃろ」

「はい。少なくとも一級以上を十数人体制で……それでも心もとないですね」


 影の賢者エクトス。

 裏切者だが賢者と呼ばれた実力は間違いない。

 今から思えば兄さんたちと相対した時も、全力ではなかったように見えた。

 少なくとも底は見せていなかっただろう。

 僕がエクトスのことを考えている時、師匠も彼のことを考えていたらしい。

 師匠から学園長に進言する。

 

「エクトスは影がある場所ならどこでも侵入できるよ。だから保管する場所には影が出来ないようにしてもらわないと駄目だよ」

「承知した。全壁と床に強力な照明を使えば影は消せるはずじゃ。丁度良い、今から共に地下へ向かうとしよう」

「僕は構いません」

「私も良いよ。やっぱり心配だし、自分の目で信用できるか確かめなきゃね」


 師匠は真剣な表情で僕が持っている心臓を見つめる。

 王都に保管して、またここで暴れられたら最悪だ。

 師匠の言う通り、保管場所の安全性を確かめるために、僕たちは心臓を保管する地下へ向かうことになった。

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