第四章

76.帰還

 サリバン大砂漠で風の魔神ベルゼブブの心臓を回収した。

 回収後にエクトスが姿を見せたが特に何もせず、僕たちに忠告だけ告げて姿を消してしまった。


 あまり人間を信じないほうが良い。


 忠告の理由はわからない。

 師匠曰く、ただの格好つけ、意味なんてない発言をエクトスは良くするらしい。

 今回もそれだと思うから、一々気にしなくても良いと。

 でも、僕には彼の言葉を偽りだと言い切る自信はなかった。

 なぜなら僕は……よく知っているから。

 人間が簡単に、良い奴にも悪い奴にもなれてしまうことを。


「フレイ。ここでやりたいことは終わったしさ」

「そうですね。砂漠を脱出しましょうか」

「うん! そうと決まったら早く行こう! ここ熱いし乾燥してるしウネウネもいっぱいで居心地最悪なんだよぉ」

「あはははっ。加えて何もないですからね。まぁ砂漠なんだし当たり前ですけど」


 見渡す限り一面の砂。

 視界を遮るものはなく、殺風景な景色が広がる。

 砂の中に潜むワームたちも、僕たちに怯えて姿を見せない。

 こうして見ると本当に何もない、ただの砂漠だ。

 僕と師匠は砂漠に背を向け、急ぎ足で歩く。

 もっとも危険な赤い砂のエリアを早々に抜けると、異常な暑さと乾燥も多少は和らいだ。

 目を開けたり会話をするだけで水分が失われるあの環境には、できれば二度と踏み入りたくないな。


「ふぅ、師匠。これからのことで提案があるんですが」

「ん? なんだい?」

「一旦王都へ戻りませんか?」

「うん賛成」


 師匠はあっさりと了承した。

 予定ではこのまま次の場所へ向かうつもりだったし、師匠もそのつもりだった。

 理由も聞かないで同意したのは、師匠も同じことを考えていたからだろう。


「これの保管場所も考えなきゃいけないしね」

「ですね」


 師匠が右手に持っているのは魔神の心臓だ。

 グランドワームが飲み込んでいて、討伐することで回収に成功した。

 炎の魔神、大地の魔神とエクトスに先を越され続けていたが、ようやく言って先んじることが出来てホッとしている。

 それと同時に、一つの悩みが生まれた。

 回収した魔神の心臓の扱いだ。


「簡易的だけど凍結して封印も終わってる。凍結してる間は無害だけど、だからって常日頃から持ち歩きたくはないんだよね」

「同感です。それ……見てて気分が良い代物じゃないですからね」


 実際に手にして、間近で観察してみてわかった異質さ。

 表現しきれない気持ち悪さがある。

 できれば傍に置いておきたくない代物だ。

 とは言え、僕と師匠の傍以外に安全な場所も思いつかないのだけど。


「戻ったら学園長に相談してみませんか? あの方なら良いアイデアをくれるかも」

「うん。あ、そういえばお兄さんたちは良いの?」


 グレー兄さんとシルバ兄さん。

 僕たちに協力してくれた二人は、火山で別れて雷の賢者様の聖地に向かった。

 シルバ兄さんの魔術を強化するために。

 距離的には火山から砂漠より離れているし、まだ到着もしていないか。

 シルバ兄さんの速さなら予測より早く着いてそうだけど……。

 師匠が心配してくれたのは、二人が僕たちと入れ違いにならないかということだ。


「私たちが王都に戻ってる間にさ。先に行っちゃったりしないかな?」

「心配いりませんよ。兄さんたちなら必ず王都には一度戻るはずです」

「どうして言い切れるの?」

「位置ですよ。兄さんたちが向かった賢者様の聖地って、ここと王都の対角線上にあるんです。だからもし二人が砂漠を目指すなら、一度は王都を通ります」


 砂漠を目指す途中で王都があるなら、二人は必ず立ち寄るだろう。

 僕と師匠が戻っていないか確認するために。

 自分たちだけで魔神との戦場に向かうなんて、そんな無謀なことをする二人じゃない。

 まず僕たちとの合流を優先するはずだし、合流するなら王都がわかりやすい。

 僕も実際、仮に回収が失敗に終わっても一度は王都に戻るつもりだった。


「兄さんたちの性格なら、まず王都に戻って僕たちがいるか確認して、その後のことを決めるでしょうね」

「なるほどね。さすが兄弟、よくわかってる」

「当然ですよ。師匠と出会うまではずっと、二人の背中を見て育ったんですから」


 僕より優れた才能を持ち、常に僕の前を歩く二人。

 グレー兄さんもシルバ兄さんも、幼い僕にとっての憧れで、目標だったんだ。


  ◇◇◇


 王都への帰路についた。

 僕たちはまっすぐ、寄り道せずに王都へたどり着く。

 変わらない街並みを見て、安心してホッとする。

 留守にしていた期間は短いのにそう思ってしまうのは、ここでの激闘が記憶に新しいからだろう。

 魔神と始めて戦った場所。

 今でも鮮明に、あの時の激闘が脳裏に浮かぶ。

 一歩間違えば、一手しくじれば命を失うギリギリの戦いを。

 そんなことを考えていた僕の隣で、師匠が可愛らしく背伸びをする。


「ぅ、うーん……はぁ」

「お疲れですか?」

「これくらい平気だよーって言いたいけど、ちょっと疲れたかな? あの頃の旅に比べたら平和なんだけどね~」

「万全じゃないですからね。疲れて当然ですよ」


 師匠の力は未だ完全復活には届かない。

 徐々に、緩やかに力が戻っているのは感じているけど。

 師匠がそれを歯がゆく思っていることは知っている。

 だから師匠の力が戻ってほしいと思う反面、戻れば師匠は無茶をすることは目に見えている。

 どちらにしろ心配事は増えるわけで、複雑な気持ちだ。


「学園長に相談だけ済ませたら宿に戻りましょう。今晩はゆっくり休めますよ」

「え……ゆっくりって……」


 師匠が頬を赤らめながら僕を見つめる。

 この間の夜のことでも思い出しているのだろうか。


「安心してください。さすがの僕も、本気で疲れている師匠に手を出したりはしませんから」

「そ、そっか……しないんだ」


 声量が明らかに落ちた。

 しょぼんとしている表情も目に映る。


 なんですか師匠その顔は!

 自分の身体を気遣って貰えて嬉しいけど、せっかくの夜に何もないことが寂しい……。

 なんてこと考えてる顔じゃないですか!

 そんなガッカリした顔をするなんて反則ですよ?

 疲れたアピールしたのは自分なのに。

 でも……でもそんなところも――


「最高に可愛いですね」

「んなっ! い、いきなり言わないでよ!」

「すみません師匠。では夜になったらいっぱい言いますね」

「うっ……お手柔らかにお願いします」


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お待たせしました!

第四章の投稿を開始します!

書籍第一巻は1/31日発売予定ですので、楽しみにお待ちくださいませ。

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