71.精霊剣舞

「私たちをさっきの部屋に戻せ」

「はい! お任せくださいグレー様」


 精霊契約を結んだグレー兄さんとフィア。

 何だか思っていた関係性とだいぶ違うのだけど、これはこれで見ていて面白い。

 生意気な精霊を簡単に手懐けるなんてさすが兄さんだ。


 とは言え、肝心の心臓は奪取されてしまった。

 完全に先を越されたことへの悔しさはある。

 それに焦りも感じ始める。

 ここがすでに奪われているということは、次の場所に先回りされている可能性が高いのだから。


「急いだほうが良さそうですね、師匠」

「うん。このままだと全部とられちゃうよ」


 僕たちは封印の部屋から転移する。

 何もない広いだけの空間に戻った直後だった。

 足元の影が一瞬で濃く広くなり、部屋全体を黒く染めていく。


「な、何よこれ!」


 フィアが慌てて声を上げた。

 僕らは瞬時に察する。


「エクトスの影か!」

「間違いないね! みんな警戒して!」


 師匠の注意が響き、全員が臨戦態勢をとる。

 すると黒い影からむっくりと、岩石を纏う人型の魔物が出現した。

 一体や二体では収まらない。

 僕たちを囲うように数十体が出現する。

 さらに奥、形状は同じ魔物の一体だけ、天井に手が届くほど巨大なものがいる。


「何だこいつら? エレメントストーンか?」

「違うよシルバ兄さん。形は似てるけど別物だ」


 魔物から異質な魔力を感じる。

 おそらくあれは、大地の魔神……その心臓から生み出された魔物たちだ。


「兄さんたちも気を付けて。たぶんエレメントストーンを元に生み出された魔物だけど、外で戦った奴より手強いはずだから」

「おう」

「わかっている。フレイ、奥の大きいのは私が貰っても良いか?」

 

 僕は少しだけ驚いた。

 グレー兄さんがそんなことを聞くなんて珍しかったから。

 何よりそう言った兄さんの眼が、子供の頃みたいにワクワクしているように見えたんだ。


「もちろん。兄さんに任せるよ」

「ありがとう」


 手に入れた力を試したい。

 きっと兄さんはそう思っている。


「師匠! シルバ兄さん! 周りの奴らは僕たちで片付けよう」

「うん!」

「おう! 蹴散らすぜ」


 僕らが先に戦いを始める。

 シルバ兄さんが雷を纏い戦場をかけ、魔物たちを翻弄する。

 さらに僕と師匠で足場を氷で固め動きを抑制。

 動けなくなったところを確実に倒していく。

 魔神の心臓から生み出されたとは言っても、魔神の力には遠く及ばない。

 戦いに余裕のある僕は、横目にグレー兄さんを確認していた。


「フィア」

「はい!」

「私は普段通りに戦う。お前が合わせろ」

「お任せください!」


 精霊とは意志を持った魔力の集合体。

 それと契約をすることで得られる最大の利点は、大自然から得られる膨大な魔力を手に入れられること。

 グレー兄さんは今、僕たちに感じ取れない自然の魔力を感じ取っているだろう。

 そしてそれらの魔力は、兄さんの魔術を強化する。


「紅蓮剣」


 兄さんが最も得意とする術式を発動。

 握った柄の先に炎の刃が生成される。

 発動の時点ですでに違う。

 炎の赤色が濃くなり、荒々しく燃えている。


「いくぞ」

「はい!」


 兄さんは駆け出す。

 踏み出した一歩が地面に触れた瞬間、爆発的に速度が上昇し、一瞬で巨人の足元に移動してしまう。

 道中に待ち構えていた魔物たちも、今の移動で斬り伏せていた。

 精霊と契約したことで、身体機能も向上していると見える。

  

 巨人の足元に急接近したグレー兄さんは、炎の刃を巨大化させ両脚を斬り倒す。

 おそらく相当な高度であるはずの巨人を軽々斬り、バランスを崩して倒れ込んだところに追い打ちをかける。

 兄さんは首を狙った。

 しかし、倒れ込んだ巨人の身体の表面が変化し、岩の棘が生成され兄さんを襲う。


「グレー兄さん!」


 思わず声に出してしまったのは、兄さんが一切避けるがなかったからだ。

 剣を構える兄さんに無数の攻撃が迫る。

 兄さんは意に返さない。

 迫る攻撃に目もくれず、炎の刃で巨人の頭を両断する。


「心配ない」

「あれは……」


 兄さんの身体が炎を纏っている。

 まるで煉獄の衣のように猛々しく燃えていた。

 今の一瞬、僕は確かに見た。

 兄さんに迫る攻撃を、纏っていた炎の一部が変化して、当たる前に破壊していたことを。

 おそらくそれを制御していたのは……


「フィアか」

「その通りよ!」


 フィアが元気いっぱいに答えた。

 精霊契約の利点の一つで、魔力量の次に大きな利点。

 それは術式の平行処理。

 自分一人では難しい複数の術式処理を、精霊と協力することで可能にしていた。

 兄さんが紅蓮剣を使い、精霊のフィアが炎の衣を操る。

 攻撃と防御をそれぞれが担当することで、最初から二人で共闘しているかのように戦える。


「あれがファルムの戦い方だよ」

「賢者様の?」

「うん。精霊と常に背中合わせに戦う彼には、どこにも死角はなかったんだ」


 と、師匠が懐かしそうに語ってくれた。

 確かに死角なんてなかった。

 グレー兄さんには一切の攻撃は届かず、一方的に攻撃を繰り出す。


「よくやった、フィア」

「ありがとうございます! グレー様!」


 これは想像以上に、すごい戦力になってくれそうだ。

 

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