70.影に潜む

 大地の魔神ドーム。

 その心臓は淡いオレンジ色をしている。

 暗い部屋の中心に浮かび、幾重の鎖で厳重に封印されていた。

 鎖には炎が宿っている。

 炎は光を生み、光があれば影が生まれる。


「――っと」


 影の中から現れたのは、影の賢者エクトス。

 賢者の裏切者にして、魔神に与する人類最大の敵である。

 彼は封印された心臓を見つける。


「ファルムの奴め、やっぱり復活の順序に気付いていたか。昔から賢者の中で一番聡かったからな」


 かつて最初に彼の裏切りに気付いたのはアルセリアだった。

 だがそれ以前から、ファルムはエクトスを警戒していた。

 裏切っているとはではいかなくとも、何か裏があるとまでは見抜いていた。

 

「まぁ今となってはさして問題じゃないけど」


 エクトスは封印の鎖に触れようとする。

 その瞬間に火花が散る。


「っ、頑丈な封印だ。でも残念だったなファルム」


 そう言って取り出したのは、炎の魔神の心臓。


「これがある時点で、どんな封印も無意味なんだよ」


 魔神の心臓は共鳴する。

 強い力同士がぶつかり、震えることで衝撃が走る。

 凝固に施された封印も、より強い衝撃には敵わない。

 心臓同士の共鳴によって鎖が錆びていく。


「これで二つ目。いずれ彼女たちもここへ来るのかな?」


 エクトスは手に入れた心臓に視線を向ける。

 何か思いつき、ニヤリと笑う。


「せっかくだし嫌がらせくらいしておくか」


  ◇◇◇


 影の賢者エクトス。

 彼は自在に影を操り、影に潜むことも出来ていた。

 封印の中は暗く、影ができやすい環境になっている。

 僕たちが来るより早くに奴は封印を解除したのだろう。

 大地の魔神ドームの心臓はなくなっていた。


「そんな……嘘でしょ?」

「おいお前」

 

 焦るフィア。

 グレー兄さんが彼女に冷たい視線を向ける。


「は、はい」

「どういうことだ?」

「あ、あたしにもわからなくて」

「わからない? お前はここの管理者じゃなかったのか?」


 どうやら完全にスイッチが入ってしまったようだ。

 グレー兄さんは怒ると相手の失敗を問い殺すように口撃する。

 お前は何をやっていたのか。

 なぜ失敗したのか。

 どうして迷惑をかけたのかを問い質す。

 この状態になると周りの声は聞こえない。

 僕はシルバ兄さんと目を合わせて、小さくため息をこぼす。


 昔から変わっていないな。


「ここの警備はどうなっているんだ? そもそも本当に封印されていたのか?」

「ふ、封印はされてました! あたしも確認してるので」

「最後はいつだ?」

「え、えっと……一週間前?」


 ピキっと兄さんから変な音が聞こえて気がする。

 たぶん一段階上の説教に移行するぞ。


「なぜ毎日確認しない? 魔神の心臓だぞ? どれだけ危険な物かわかっていないのか? それとも大きさ通り脳まで小さいのか?」

「そ、そこまで言わなくていいじゃない! あたしだって頑張ってるのに!」

「頑張ってるだけで認められると思っている時点で甘い」

「うっ」


 まったくの正論にフィアは黙ってしまう。

 先ほどまでの嘗めた態度から一変して、ただでさえ小さな身体がより小さく見える。


「もう良い。これ以上話しても無駄だろう。フレイ、私たちも先を急ぐ必要がありそうだ」

「うん、そうみたいだね」

「さっそく帰還するぞ。それと、このふざけた生き物はここへ置いていく」

「へ? お、置いていくって何よ! あたしは契約してんのよ!」


 フィアが兄さんの顔前に周り込み、プンプンと怒り出す。

 それに苛立った兄さんがギロっと睨むと、フィアは急激にしょぼくれていった。


「お前は大して役に立たなそうだ。下手をされると困る。ここへ置いて行ったほうが正解だろう」

「ちょっ、ま、待ちなさいよ!」


 そそくさと帰ろうとするグレー兄さん。

 わりと本気で言っているみたいだ。

 契約しているのは兄さんだし、僕も別にどっちでもいい。

 師匠は見なくてもアタフタしているのがわかる。


「まって! 本気で置いてくつもり?」

「無論だ」

「そ、そんな! 待ってお願い! お願いしますー! もう一人は嫌なのおおおおおおおおおおおお」


 突然の号泣に、さすがの兄さんも立ち止まった。

 振り返るとフィアがワンワン泣いている。

 それこそ地面に池でも作る勢いで。


「ごめんなさい調子に乗りました! あたしが悪かったから許してー!」

「泣けば許されると思っているのか? 泣く前に反省すべきだ」

「反省してます! もう絶対にざぼったりしません! 言うこともちゃんと聞きます! だから置いてかないでー!」

「……本当だな?」


 兄さんが歩み寄る。

 この時点でもう、どうなるかは察しが付く。


「今後一切、かってな真似はしない。私たちの命令に従うと誓うのか?」

「誓います! 誓うから連れてってください! グレーさん……グレー様!」

「グレー様って……」

「あっははは~ フィアって何だかんだで寂しがり屋なんだよね~ それにまだ子供だし」


 師匠は楽しそうにそう言うけど、数千年生きていて精神が子供というのはどうなのか。

 精霊とはそういいものかのだろうか。


「……はぁ、良いだろう。連れていく」

「本当ですか!」

「ああ、ただし私の言うことには」

「絶対服従します!」


 グレー兄さんがよしと頷く。

 これで良いのかと、いろんな意味で問いかけたくなった。

 こうして炎の賢者の精霊フィアが仲間になった。

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