72.強さを求めて

 戦いは特に苦労なく終えた。

 巨大な一体はグレー兄さんが両断し、残りも僕たちで片付けると、部屋を覆っていた影も消えた。

 怪我人はなく、新しく何かを盗まれたというわけでもない。


「嫌がらせつーか、時間稼ぎだなこれ」

「うん」


 シルバ兄さんの意見に同意する。

 この程度の罠で僕たちが倒せないことくらい、エクトスもわかっているはずだ。

 それをあえてやってくるということはつまり。


「エクトスは次の場所に向った、ということでしょうね」


 僕が言うと全員が頷く。

 今回も一歩出遅れ、次も先を越される可能性が高まった。

 予定では一度学園に戻るつもりだったけど、そうも言ってられないようだ。


「ここから一番近いのは……」

「サリバン大砂漠だ。ここから西に行けばある」


 僕が地図を出そうとモタモタしていると、グレー兄さんが代わりに教えてくれた。

 

「じゃあそこに向いましょう。師匠もそれで良いですか?」

「私は構わないよ」

「あーちょっと待った」


 一人が手を挙げる。

 意外だった。

 確認の必要もないと思っていたから。

 

「シルバ兄さん?」

「悪いんだけどさ。俺は別で行きたい所ができちまった」

「え、どこ?」

「雷の賢者様の聖地だ」


 雷の賢者の聖地は、ここから東に向かった先にある。

 常に雷雨が天を覆い、大嵐に見舞われている危険な地帯とされている。

 唐突な意見に僕は驚き、理由を尋ねることにした。


「急にどうして?」

「いや、何というか情けない話なんだがな」


 シルバ兄さんは語りながら自分の頭をさわさわと触る。

 情けないと口で言い、表情もそれが漂う。

 何が情けないのかと聞く前に、シルバ兄さんがグレー兄さんに視線を向けたことで、言わんとすること察した。


「兄上は力を手に入れた。俺にもハッキリわかるくらいの力だ。俺も自分が弱いとは思ってないんだが、これから魔神と戦うかもしれないって考えると……足りないだろ?」

「それは……」

「言わなくて良い。わかってるからな」


 シルバ兄さんは笑う。

 笑顔の裏にはきっと、言葉に出せない悔しさが眠っている。

 足手纏いにはならない。

 二人は以前そう言ってくれて、実際に戦えるだけの力を持っていた。

 それでもいつか、追いつけない領域の戦いが始まるだろう。

 グレー兄さんは入り口に立った。

 賢者たちが立っていた場所への入り口に。

 それを目の前で見せつけられて、焦りと悔しさが込み上げてきたに違いない。


「シルバ兄さんも変わらないんだね。負けず嫌いなところ」

「当たり前だろ。人間そんな簡単に変わるもんか」

「うん。でも危険な場所だよ。僕だって詳しくは知らないんだ。いくならせめて――」

「ならば私が同行しよう」


 そう言って一歩前に出る。

 遅れて小さな精霊がふわりと後に続く。


「グレー兄さん」

「この精霊は雷の賢者のことも詳しいだろう?」

「フィアですよグレー様! あたしならあいつのこともそれなりに知ってます!」

「だそうだ。私が一緒に行けば、お前の不安は解消されないか?」


 確かにグレー兄さんとフィアが一緒なら安心も出来るか。

 まぁそれ以前に、シルバ兄さんは一人でも行くだろうと思うから。

 彼の覚悟を決めた目を見れば、無茶をするのは明白だ。


「うん。じゃあ任せた」

「おう、ありがとよ。兄上も」

「気にするな。私はお前たちの兄だからな」


 僕とシルバ兄さんは小さく笑う。

 たぶん互いに、格好良いなと思ったに違いない。


  ◇◇◇


 ヴォルガノフ火山を後にしたエクトスは、次なる目的地サリバン大砂漠に移動中。

 大地の魔神の心臓から何かを感じ取る。


「おや? もう倒されてしまったのか……まぁそんなところだろう」


 彼が感じたのは、魔神の力の一部が心臓へと戻ってくる感覚だった。

 戦わせた意図の一つは、戦闘によって濃厚な魔力を集め、心臓へ取り込むこと。

 

「足止めとしては十分すぎるね」


 もう一つは単なる足止め。

 大砂漠に先回りし、そこに眠る魔神の心臓を楽に手に入れたかったからだ。

 ただし、今回はそう簡単にはいかない。


 彼はサリバン大砂漠に到着した。


「うーん……広い何もない」


 大砂漠は文字通り広大に広がる砂漠である。

 火山とは異なる熱さと乾燥に襲われ、油断すれば一瞬で干からびるほど危険な場所だが、賢者であるエクトスには関係ないことだった。

 問題は、心臓の気配すらないこと。

 

「砂の中か? だとしたら不毛過ぎるぞ」


 彼は大きくため息をこぼす。

 試しに砂の中を探索しようと、自身の影を広がていく。

 しかし影はあくまで砂の表面を覆っていて、奥深くまでは調べられない。

 封印の部屋のように空間が有り、そこに影があれば別なのだが……


「純粋に埋まってるだけだったら……探しきれないな」


 さすがのエクトスも頭を悩ませていた。

 時間稼ぎには成功しても、いずれ彼女たちはこの地にやってくる。

 

「見つけるのが先か、追いつかれるのが先か……」


 時間との勝負。

 やれやれと言いながら、エクトスは砂を影で掘り返す。


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