69.空っぽの封印

「な、何よその目は!」

「……」

「何とか言いなさいよ! あたしと契約できるのよ!」

「……」


 ギャーギャー騒ぐフィアと、それを無言で聞いているだけのグレー兄さん。

 ちょっと面白い組み合わせだなと感じていると、グレー兄さんと目が合った。


「フレイ。どうやら精霊と言うのは言葉が通じないらしい」

「通じてるわよ!」

「あはははっ……気持ちはわかるけどちゃんと聞いてみたら? えっと、フィア、どうして君が報酬になるのか詳しく教えてほしいんだけど」

「報酬じゃなくて契約よ! まったくなんで現代人は話が通じないのかしら」


 やれやれと首をふるフィアだが、兄さんの気持ちがよくわかるよ。

 主張が強い者同士を合わせると大体こうなるから困る。


「とりあえず説明してくれないかな?」

「しっかがないわねー。ようするに、ファルム様の研究成果を全部あたしは知ってるの! 何せ一緒にいたわけだし! それでファルム様の研究って、精霊魔術が主体なのよ」

「ああ」


 そういうことか。

 まだ話は序盤だけど、すでに何となくわかってきた。

 フィアは続けて言う。


「あたしの力を中心に魔術の研究をしてたわけ。その研究成果はあたしの記憶と力に蓄積されてるから、あたしと契約すればそれが手に入るってことよ。わかった?」


 フィアは僕ではなくグレー兄さんに尋ねた。

 顎に手を当てて聞いていた兄さんも、今ので理解した様子。

 頷き、小さくため息をこぼす。


「そうなるのか……期待していたものと随分違うな」

「何か言ったかしら?」

「……何でもない。ならば早く契約を済ませよう。私たちも暇ではないんだ」

「偉そうね……まぁいいわ。じゃあ始めるわよ」


 そう言ってフィアは瞳を閉じる。

 兄さんの手のひらに立ち、両手を合わせて魔力を高ぶらせる。


「根源たる力よ、その原点よ。我が真名を聞きなさい」

「――」


 グレー兄さんの表情が変わった。

 驚き両目を見開いている。

 端から見ている僕らにも、兄さんの魔力が高まっているのが伝わってきた。


「目覚めなさい。我が力、我が運命、我が道と共に歩む者よ。さぁ名前を言って!」

「……グレー・ヘルメス」

「我が真名はフィアフィレール! ここに契約を結ぶ」


 契約の言葉を最後まで口にした途端、兄さんの周囲を炎が燃え上がる。

 熱はなく、形だけの炎。

 それが炎ではなく魔力だと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 兄さんは今、精霊の魔力を手に入れたんだ。


「どう? 契約した感想は?」

「……悪くはないな」

「ふふっ、当然よ!」


 悪くないといった兄さんは顔を逸らして微笑んでいる。

 フィアも上機嫌に笑っていて、確かに悪くない雰囲気に見えた。

 試練が終わり、契約が終わった。

 余韻に浸る時間を巻いて、僕たちは本題に入る。


「ねぇフィア、魔神のことなんだけど」

「いいわよ。というか心臓のことでしょ?」

「え!? 何でわかるの? もしかしてどこにあるか知ってたりするの?」

「一気に聞かないでよ!」


 驚きのあまり顔を近づける師匠。

 その師匠の可愛い顔を汚い足で蹴飛ばす。

 正直イラッとしたけど、話が進まないので我慢した。

 

 後で土に埋めよう。


「魔神の復活はファルム様が予想してたのよ。心臓から復活することもわかっていた。だからファルム様はこの地に残ったの」

「そうだったんだ~ さっすがファルム」

「当たり前でしょ。だから心臓が復活してもいい様に、復活する場所に封印を施しておいたわ。今から移動するから」


 フィアがパチンと指を鳴らす。

 すると一瞬にして薄暗い階段へと移動していた。

 シルバ兄さんが天井を見上げながら驚く。

 

「空間転移か?」

「そう。階段の下に部屋があって、そこに魔神の心臓が封じてあるわ」


 魔神の心臓。

 その言葉を聞いて、僕らはごくりと息を飲む。

 まだ記憶に新しい魔神との戦いを思い浮かべ、最大限の警戒をしながら階段を下った。

 百段くらいはあっただろう。

 ようやくたどり着いた先には、黒い金属で出来た重厚そうな扉があった。

 扉の左右には紫色の炎が灯った明かりがある。


「ここよ」

「……この中に心臓があるんだね」

「そう、じゃあ開けるわね」

「え、待ってよフィア! 開けたら暴れ出すとかないよね?」


 慌てる師匠を無視して、フィアは扉に近寄る。


「そんなわけないでしょ。扉はただの扉。封印はちゃんとしてあるんだから」


 そう言って扉に触れると、金属音が鳴り響く。

 耳を塞ぐほどに嫌な音を聞きながら、重厚な扉がゆっくりと開く。

 そして―― 


「これは……?」

「え?」


 僕と師匠の緊張は解けた。

 確かに、開けた途端に襲われることはなかった。

 いや、そもそも部屋には何もなかったのだ。

 心臓も、封印も。

 暗い部屋がそこにあるだけで、他にも何も見えなかった。


「あ、あれ? 何でないの? え、えぇ!?」


 フィアが慌てだす。

 どうやら彼女も予想していなかったらしい。

 急いで中に入り、右へ左へ飛び回り確認している。


「嘘でしょ? 何で?」

「フレイ、これってまさかさ」

「……ええ、やられましたね」


 暗い部屋は影に覆われている。

 つまり、あの男の侵入を容易く許す構造になっていた。

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