56.お前を一人にはしない

 楽しい宴には終わりがある。

 夜も更けて街は静かになっていき、僕たちの家の周りも明かりが消えていく。

 街頭だけになった夜道は意外と暗いものだ。

 そうなる前に帰ったほうが良いと伝えて、エヴァンたちは帰宅した。

 ジータも任務を終えて、もともと住んでいた自分の家に帰っていく。

 テーブルの上にあった料理は綺麗に食べ終わり、お皿も片付けが終わっていた。

 そこに残った僕と師匠は、冷たい水を飲みながら話し合う。


「はー、楽しかったね~」

「ええ。今日はひと際賑やかでした」

「うんうん! 何だか昔を思い出しちゃったよ」

「賢者時代のことですか?」


 師匠はうんと言って頷き、冷たい水の入ったコップに優しく触れる。

 水面を覗き込めば、懐かしむ自分の顔が見えていることだろう。


「あの頃も良いことがあると、みんなで楽しく飲み明かしたんだ。私はお酒が苦手だから飲めなかったけど、飲む人はホント豪快だったんだよ」

「賢者の飲み会ですか。僕も参加してみたかったですね」


 二人でそんな話をしていると、横から入り込んでくる二つの声がある。


「そいつはー俺も興味あるな~」

「お前たちが参加するなら私も同行しよう」


 シルバ兄さんとグレー兄さん。

 二人も帰らずに残っていた。


「……何で兄さんたちは帰らなかったの?」

「そんなんきまってんだろ? お前らがイチャつくのを見物するためだよ」

「その通りだ」

「なっ、兄さん……」


 ニヤニヤしていたシルバ兄さんはぷすっと空気が抜けたように笑う。


「じょーだんだよ冗談! そんな顔すんなって」

「……それならいいけど」


 僕はグレー兄さんをチラッと見る。

 グレー兄さんは平然とした顔でこっちを見ている。

 シルバ兄さんはあー言っているけど、たぶんグレー兄さんは割と本気だったよね。

 その通りだって言った時の顔は本気っぽかったし。


「まぁいいや。で、本当に何で残ったの?」

「それこそわかるだろ? 今後のことを話すためだよ」

「今後のことって?」

「魔神、黒い男……追うんだろ?」


 シルバ兄さんが真剣な表情で僕に問いかけてくる。

 僕は小さく頷く。


「王国側からも協力依頼が来てんだろ?」

「うん。さすが兄さん、よくわかるね」

「そんなもん誰だって察しがつくぜ。魔神の襲来、その直後にお前の特級認定だ。好きに動いて良いから、魔神を何とかしろってことだろ。他の特級は忙しかったり話聞かなかったりするからな」


 そう言ってやれやれと呆れた身振りをするシルバ兄さん。

 続けてシルバ兄さんは言う。


「そんなわけで他の特級の協力は得られにくい。だから代わりに俺たちが手伝ってやるよ」

「王国からそういう命令が下ったの?」

「いいや? 俺たちの独断だ」

「独断って……そんなこと勝手に決めて良いの?」


 兄さんたちは学園筆頭の一級魔術師。

 舞い込んでくる依頼も他の魔術師より多いはずだ。

 それを無視して僕たちに協力なんて……


「そこはお前が特級だからな。お前の権限使えば何とでもなる」

「……シルバ兄さん、こんなこと言いたくないけど」


 と、途中まで言って言い淀む。

 二人は僕のことを心配して協力してくれると言ったんだ。

 その気持ちを無下にしてしまうセリフを……でも、言わなくちゃならない。

 兄さんたちが僕を心配してくれるように、僕だって二人が大切だから。


「僕たちに協力するのは危険だよ。いくら兄さんたちでも命の保証は出来ない」


 だから僕はハッキリとそう伝えた。

 兄さんたちは強い。

 おそらく学園に属する魔術師、卒業した魔術師の中でも上位に位置する実力者だ。

 あの男、エクトスが二人を前にして戦いを避けたのが良い証拠だ。

 それでも、魔神には遠く及ばない。

 もしも二人が魔神の前に立てば、確実に死ぬ。


「僕たちに協力すれば、いずれ必ず魔神と対峙することになる。そうなったら……」

「見くびるな」


 そう言ったのはグレー兄さんだった。

 普段のぶっきらぼうだけど優しい声色じゃなくて、少し怒ったように。


「グレー兄さん」

「自分の実力くらい把握している。それを踏まえた上で、お前に協力すると言っているんだ」

「そうだぜフレイ。正直今の俺らじゃ魔神の相手はきつい。そこはお前頼りになっちまう……情けない話だがな」


 シルバ兄さんは寂しそうに笑う。

 情けないと兄さんは言った。

 その表情からは悔しさが見え隠れしている。


「だがそれでも、露払いくらいはできるし、これから強くなりゃ良い。お前をもう一人にはしたくねーんだ」

「シルバ兄さん」


 グレー兄さんとも目が合う。

 こくりと力強く頷いて、真剣なまなざしで訴えかけてくる。

 やっぱり兄さんたちは昔のままだ。

 優しくて、強くて、格好良い自慢の兄さんたち。


「二人とも優しいね。君にそっくりだよ」

「師匠……そうですね」


 家を追い出されて、家族を捨てた……捨てられた僕だけど、兄さんたちだけは今も家族なんだと思える。

 それが心地よくて、誇らしい。


「師匠」

「君が選んだいいよ。そーれーかーら! フレイはもう一人じゃない」

「そうですね。僕には師匠がいます。それに――」


 優しい兄さんたちもいてくれる。


「後からやっぱりなしって言っても連れて行くよ?」

「ありえねーよ」

「見くびるなと言ったぞ」

「ふっ、わかったよ」


 今夜はまだ少しだけ、賑やかになりそうだ。

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