55.婚約者になりたい

 思わぬ一言に驚いて、僕は陛下を見上げる。

 不遜であることは承知の上だが、僕は聞かずにはいられなかった。


「どういう……意味でしょうか」

「言葉通りだ。貴殿は今日から、氷の賢者と名乗るがよい」

「なぜです?」

「何を言う? 貴殿がその名に相応しい成果を示したからであろう」


 陛下は少しだけ呆れた顔を見せる。

 僕だって言葉の意味は理解できるし、成果とか相応しいという理由もわかる。

 魔神を撃退して王都を救った。

 そして僕が使っているのは氷属性の魔術だ。

 だから陛下は、ボクを氷の賢者と呼ぶ。


「何だ? 不服か?」

「……」


 僕は陛下ではなく、師匠の方に目を向けた。

 学園長の隣に立っている師匠は、何とも形容しがたい表情をしている。

 喜ばしいのか、自分が本人だから複雑な気分なのか。

 その両方といった所だろう。

 こういう場でも変わらず可愛らしい師匠を見て、緊張が薄れていく。


「陛下」

「む?」

「申し訳ありませんが、その名で呼ばれるには、まだ私では不足です」


 僕はハッキリとそう答えた。

 師匠の顔を見たら、何だか清々しい気分になったんだ。

 それから思った。

 氷の賢者の異名は師匠のものだ。

 僕がそう呼ばれるには、まだまだ足りない部分が多すぎる。


「不足ではなかろう。貴殿は魔神を撃退したのだ」

「確かに撃退はしました。しかしまだ倒せてはいません。それは陛下もご存じのはずでしょう?」

「うむ、それはそうだが、十分な偉業であるぞ?」

「いえ、全然足りません。かの賢者たちは人々を救い、世界を守りました。その偉業と比べたら、私の成したことなど小石程度だ」


 かつて七人の賢者は魔神と戦った。

 人々を震え上がらせた最悪の存在と戦い、勝利して見せたのだ。

 対して僕は、ただ追い払っただけだろう?

 それでどうして、同じ異名を背負えるというんだ。


「魔神はまだ健在です。それを手引きした者も生きている……戦いは終わっていません。仮に本当の意味で賢者と名乗れる日がくるとしたら、その全てが終わった時でしょう」


 それに陛下も勘違いをしている。

 賢者とは、誰かに命じられてなるものじゃない。

 偉業を成し、人々に認められて初めて呼ばれる。

 師匠たちのように、長い時間をかけて歴史に名が刻まれる。

 もしも誰かが任命できるとしたら、同じ賢者だけだろう。

 僕はまだ師匠にも認められていない。

 だから賢者は名乗れない。


「そうか。硬い意志があるのだな」

「はい」

「ならばこれ以上は言うまい。だがいずれ、貴殿を賢者と呼ぶ者が現れるやもしれんぞ?」

「――はい」


 その時までには、もっと強くなっていよう。

 師匠に認められて、世界に認めさせよう。

 僕たちの魔術が最強だということを。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 叙勲式の夜、食事処ネメシアは貸し切り状態。

 集まったのは僕たちの知人友人。

 テーブルの上にはセリアンナさんお手製の料理がずらりと並ぶ。

 全員がグラスやコップを手にすると、エヴァンが咳ばらいをする。


「それでは始めよう! 我が友フレイの特級認定を祝って!」

「「「乾杯!」」」


 ということになっている。

 僕が目覚めたことをしった皆が、急いでお祝いの準備をしてくれたらしい。

 監視役としてずっと一緒にいたジータに、学園で友人となった王子のエヴァン。

 その彼に付いてきたエレナさんに、グレー兄さんとシルバ兄さんもいる。


「まさか魔神を圧倒するとは! さすが我が親友だ!」

「ちょっ、揺らすなよ」


 テンションの高いエヴァンは僕の肩に手を回して思いっきり揺らしてくる。

 お酒でも入っているじゃないかと思える高笑いだが、彼は普段からこんな感じだ。

 それを見ている師匠とエレナさんも。


「エヴァン君楽しそうだね」

「はい。フレイさんの活躍が友人と誇らしいのでしょう」


 なんてのんきに話している。

 その横ではグレー兄さんがジータと話していた。

 ほぼ初対面だと思ったが、何を話しているのだろう。


「フレイの普段の様子はどうだ?」

「とても楽しんでおられましたよ。私が見ていた限りですが」

「そうか。で、あの女とはうまくやっているのか?」

「はい。人前でも平気でイチャイチャしています」


 聞き耳を立ててみたら、僕の普段の様子を聞いているようだ。

 さらには師匠との関係を詳しく聞いている。

 シルバ兄さんはというと……


「美味いなこれ! 全部君のお母さんが作ったのか?」

「は、はい」

「そう畏まらなくて良い。今の俺はフレイの兄として来てるんだ。フレイの世話をしてくれたんだってな? ありがとう。君のお母さんにも感謝しないと」

「い、いえそんな……」


 フローラは緊張しているようだけど、シルバ兄さんが上手く会話を繋いでいる。

 昔からシルバ兄さんは人付き合いが上手だ。

 それに他人を肩書や力で差別したりしない。

 ちゃんと平等に見てくれるから、フローラのことも真っすぐ見てくれている。

 見た目はちょっぴり怖いけど、慣れてくれると良いな。


 そうして賑やかな時間が過ぎて行く。

 魔神の脅威がなくなったわけじゃなくて、ちゃんと平和になったとは言えない。

 だけど今は、とても平和に感じる。

 こんな時間が続けばいいと、心から思う。


「あ、そうだ師匠!」

「え、何? 急に大きな声出して」

「忘れるところでした。魔神に勝ったらご褒美をくれるって約束しましたよね?」

「……あ、そ、そうだったっけ?」


 師匠は惚けた顔をする。

 

「しましたよ。まぁ撃退しただけですけど、勝利は勝利だと師匠が言ってくれましたし」

「そ、それは言ったね……何がいいの?」

「うーん……」

「エッチなのはだ、駄目だからね? ここには人がいっぱいいるし」


 いなければ良いのかと一瞬思ったけど、それは突っ込まないことにする。

 心配しなくても、そういうお願いじゃない。

 何をお願いするかは、最初から決まっている。


「師匠」

「は、はい」

「僕の――婚約者になってくれませんか?」


 そう言うと師匠は目を丸くして、一秒後には頬を真っ赤に染める。

 みんなの前で言ったから余計に恥ずかしいのだろうか。

 師匠は可愛らしい小さな声で聞き返してくる。


「こ、婚約者?」

「はい」


 僕は師匠と恋人になった。

 今度はその一つ上になりたい。

 いずれ結婚することを約束した間柄に。

 それは僕にとって誓いであり決意だ。

 最強となり、魔神を打倒すという強い決意……そのための証。

 伝わるだろうか?

 僕の気持ちが、僕の思いが――


「師匠」

「……うん、良いよ」


 師匠の瞳がうるんでいる。

 それはきっと、喜びの涙だろう。

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