47.八人目の賢者

「父上……?」

「ぐっ、き、貴様……」

「はいはい。恨み言なら聞いてあげるよ? でも聞くだけだから、もう必要なくなったことに変わりはないし」

「ごほっ! な、なぜだ? ぐおああああああああああああああ」


 父上の身体が燃え上がる。

 赤く力強い炎とは異なる黒くて淀んだ炎に包まれる。

 苦しんでいる様子を見れば、自分の意思で出しているわけではないとわかる。


「いいねぇ~ やっぱり思った通り集まってくれた。その点は感謝してるよ」

「き、貴様ぁ! 最初から利用するつもりで私を!」

「当たり前じゃないか。誰が好き好んで人間の味方なんてするんだ?」

「騙したなああああああああああああああああああああ」

「そうだよ騙したんだよ~ 良い養分をありがとう。お陰で俺の目的は遂げられそうだ」


 燃え盛る炎に包まれて、父上の身体が消滅していく。

 父上を突き刺している剣に、父上の魔力が吸われている。

 瞬く間に吸い尽くし、灰すら残らない。


「はい、ごちそう様」

「お前……」

「ん? あーそうか。彼は君の父親なんだったね? でも良いだろ? 君のことを恨み殺そうとした男なんて、死んで当然だ。そうは思わないかい? アルセリア」


 どうして師匠の名前を知っている?

 この時代に、師匠の名前を知っているのは、僕の近しい人間だけだ。

 いや、そこじゃない。

 重要なのは、師匠の表情だった。


「何で……」


 まるで、親の敵に出くわしたように眉間にシワを寄せている。

 ここまで怒っている師匠は初めて見る。


「何で生きてる?」

「ははっ! とっくに死んでるはずの君がこうして生きてるんだ。俺がいたって不思議じゃないだろ? いいや違うか。殺したはずなのに……だろ?」

「っ……そうだね」


 師匠の様子が明らかにおかしい。

 この二人が知り合いなのは間違いなくて、おそらく敵だともわかる。

 だが、この時代に師匠の敵がいるのか?

 

 浮かんだ疑問の答えを聞く前に、師匠が術式を発動。

 連鎖氷結で、足元から彼を凍らせようとする。

 しかし、氷は届く前に砕かれた。

 彼の足元にある黒い影が、実態を持ち彼を守ったようだ。


「おいおい、いきなりは酷いんじゃないか? まっ、この程度なら何ともないけどね」

「……」

「ひょっとして君、力を失っているのかな? それとも回復しきっていないのか。どちらにせよ、昔の君より遥かに劣るね」

「昔の……師匠、あいつは誰ですか? どうして師匠知っているんです?」

「……」


 すぐには答えてくれない。

 言いずらそうに口を紡ぐ。


「あれ? 彼は君の弟子だって聞いたんだけど、もしかして伝えてないの?」

「……あいつの名前はエクトス、影の賢者と呼ばれた男だよ」

「影の賢者?」


 現代に伝わっている賢者は七人いる。

 師匠がその一人で、残りは六人。

 その中に、影の賢者の名前はない。


「本当は……賢者は八人いたんだ。その八人目があいつで、私たちのことを裏切っていたんだよ」

「そうそう! 俺はお前たちの味方のフリをしていたんだ! でもさすが選りすぐりの魔術師たちだね。早々にバレてしまったけど」

「裏切り……じゃあ、あなたは誰に味方したんです?」

「決まってるだろ? 賢者たちの敵と言えば?」

「――魔神?」

「正解! 俺は魔神の味方で、お前たち人間の敵だ! そして今も変わらない!」


 エクトスは右手の剣をかざす。

 剣からはまがまがしい魔力が漏れ出ていた。

 父上から吸収した分だけじゃない。

 その数十倍の魔力が込められている。


「なぁ知っているかアルセリア? 魔神ていうのは、ほとんどが魔力で出来ているんだよ。それもただの魔力じゃない! 歪んで濁った魔力……こんな感じのね」

「……それがどうしたの? あなたは魔神になれないよ」

「知ってるさ! どれだけ枷を外しても狂人止まり! それが人間だ。だけど狂人の魔力は、魔神の魔力に近い。だから、養分になる」

「養分?」

「そう。魔神を復活させるための養分さ」


 魔神の復活。

 その言葉を聞いて、僕と師匠は戦闘態勢に入る。

 ハッタリだとしても、危険な思考の持ち主であることにはかわらない。

 師匠はあるいは、彼ならよると思ったのかもしれない。


 だけど――


 もう遅かった。


 彼の右手には養分となる剣が。

 そして、彼の左手には、魔神の心臓となる黒い塊が揃っていた。


「さぁ始めよう! 破滅の時間だ!」


 僕と師匠の攻撃を、エクトスは軽々と回避した。

 そのまま高く空へ跳んで、黒い塊に剣を突き刺す。 


 この時、僕は師匠の言葉を思い出していた。

 狂人と戦い、その後の帰り道で、世界地図を見た時だ。

 

 ここって、炎の魔神と戦った場所だよ。


「お目覚め下さい。炎の魔神プロメテア様!」


 剣の魔力が塊に吸われていく。

 全ての魔力が吸われたことで、突き刺した剣が砕け散る。

 黒い塊は宙に浮かび、ドクン、ドクンと鼓動を打つ。


「魔神の心臓……」


 そう、師匠が呟いて、魔神は復活した。


 黒々とした光沢の肉体に、腕は四本。

 鬼ような顔で、頭には鋭い角が生えている。

 背丈は成人男性の三倍があるだろう。

 見た目の迫力だけではない。

 身に纏う魔力はオーラのように可視化されていた。

 

 とても静かな復活だった。

 爆発的な演出もなければ、躍動感もない。

 ただそこに立っている。


「……――すぅ」


 魔神が呼吸をした。

 直後、周囲の空気が一瞬で乾く。

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