46.対立

 某日。

 上級貴族の屋敷が何者かに襲撃された。

 目撃者はなく、夜のうちに屋敷に火が放たれ、朝には跡形もなく燃え尽きている。

 遺体は発見されていないが、戦闘の跡があったため、殺害されたと予想されている。

 

 翌日、その翌日も。

 同様の襲撃が発生した。

 犯人はまだ見つかっていない。

 共通点は、襲撃されたのが貴族の屋敷であることと、優秀な魔術師を代々輩出している家柄であること。

 そして、屋敷の全焼。

 動機は不明だが、犯人は炎魔術の使い手であると考えられていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「父上がどうかしたの?」

「……お前、父上と戦ったんだろ?」

 

 その質問に、一瞬だけ考えた。


「……うん」

「その日は散々荒れてな。使用人に当たったりして大変だったんだよ。お陰でお前のことも知ったし、何で荒れてるのかもわかったから、それは良いんだが……」


 シルバ兄さんは言いずらそうに口を紡ぐ。

 たぶん、父上が僕に負けたことと関係があるのだろう。


「何があったの?」

「……ふぅ。その日の朝から、消息がわからないんだよ。使用人総出で探したけど見つからない。別荘にも行ってない。まったく足取りがつかめないんだ」

「そう……なんだ」


 父上が行方不明?

 しかも、僕に負けた翌日の朝に……


「ああ。だからもしかして、お前の所に……とかありえないことも考えてたんだが、やっぱり違うか」

「うん」

「そうか。まぁあんまり気にするなよ。負けたことも、お前を追い出したことも、全部あの人の自業自得なんだから」

「……うん。ありがとう、シルバ兄さん」


 元より、父上のことはそこまで心配していなかった。

 兄さんの言う通り自業自得だし、僕のことも認めていないだろうから。

 ただ、少なからず罪悪感のようなものはあるわけで。

 心配ではなく、気にはなった。



 その日から数日後。

 兄さんたちは二人とも、遠出の依頼に出ている。

 二人が不在の間に何か分かったら、帰った時に教えてほしいとお願いされた。

 何もないだろうと笑って返して、二人も同じように思っていたに違いない。


 僕と師匠、エヴァンとエレナさんの四人で廊下を歩いていた。


「また一緒の教室なんだな」

「ああ、奇遇だな! エレナも一緒だぞ」

「そうですね。奇遇ですね」


 エヴァンはともかく、エレナさんは偶然じゃないな。


 他愛もない会話をしていた。

 その時――


 激しい轟音が響く。


「な、何だ?」

「爆発音?」

「み、見てください!」


 エレナさんが指をさす。

 窓の向こうで、黒い煙が立ち昇っていた。


「門のほうだな」

「賊の襲撃か? いやしかし、ここには結界があるはずだ」


 ここ魔術学園には、王城を守っているものと同等レベルの結界が張られている。

 並みの術師では傷一つ付けられない。

 僕や師匠ならともかく、現代の魔術師が早々突破できる強度じゃない。

 その結界が、パリパリと音をたてひび割れ、バラバラに砕け散る。


「結界が!」

「砕けただと?」


 動揺するエレナさんとエヴァン。

 結界が破壊されたことで、外側にあった魔力の流れを感じ取る。

 荒々しく、熱く、淀んだ魔力を。


「師匠」

「うん、急ごう!」

「フレイ? アルセリアさんも?」

「二人はここにいてくれ!」


 僕と師匠は門へと駆ける。

 近づくほどに、感じられる魔力は濃くなる。

 そして、確信に近づく。


「この魔力間違いない! 狂人化してる」

「はい」

「それに前の人よりずっと強いよ」

「……そうでしょうね」


 師匠にわかるのは、相手が狂人化しているところまで。

 だけど僕には、それが誰なのかまでハッキリとわかる。

 なぜなら、それは一度戦った相手で、僕にとっては最も近しい存在だから。


「いたよ!」

「ようやく来たか? フレイ」

「……やっぱり父上だったのか」

「え、え? フレイのお父さんが……」


 そう。

 結界を破り、学園の門を破壊した狂人は父上だった。

 狂人化で魔力の流れが激しくなろうとも、本質までは変わらない。

 遠くから感じた時点で、そうだという確信はあったんだ。


「……こんなの……兄さんたちになんて報告すれば良いんだよ」

「フレイ……」

「待ったぞ、待ったんだ! この時を大いに待ったぞ!」


 僕の気持ちなんて知らないで、父上は感情の高ぶりを身体で表す。

 壊れた門の付近には、父上に倒されたであろう兵士が転がっていて……


「どうしてですか? 父上」

「どうして? 何がだ?」

「狂人化までして、何がしたいんですか? そんなに僕に負けたことがショックだったんですか?」

「……あーそうだな。そうだったよ。お前に負けたんだ。私はお前ごときに負けてはいけない! 私は一級魔術師! ヘルメス家の当主! その私が落ちこぼれに敗れるなどありえない!」

「聞いても無駄だよ、フレイ。もうほとんど理性を保ててない。狂人化は、強い魔力を持っている人ほど深くなりやすいんだ」

「……わかっています」


 目の前にいるのはもう父上じゃない。

 人としての枷を外し、欲に従うだけの怪物だ。


「お前を殺すぞフレイ! そして私は、この国を――っ!」

「父上?」

「がっ……」


 父上の腹を、刃が突き抜けている。


「残念だけどそれ無理だ。もう貴方の役目は終わったから」


 僕には理解できなかった。

 何が起こったのかと、一瞬固まった。

 わかったのは、父上の後ろには知らない男が立っていること。

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